【慣用句】
生き馬の目を抜く
【読み方】
いきうまのめをぬく
【意味】
非常にすばやく、抜け目がなく、相手のすきを見て利益を取ること。転じて、競争がきびしく、少しの油断も許されないこと。


【英語】
・cutthroat(容赦のない競争の)
・ruthlessly competitive(きわめてきびしい競争がある)
・sharp enough to take advantage in an instant(一瞬のすきを見のがさないほど抜け目がない)
【類義語】
・油断も隙もない(ゆだんもすきもない)
・海千山千(うみせんやません)
・弱肉強食(じゃくにくきょうしょく)
【対義語】
・正々堂々(せいせいどうどう)
・公明正大(こうめいせいだい)
・和気あいあい(わきあいあい)
「生き馬の目を抜く」の語源・由来
この慣用句は、文字どおりには、生きている馬の目を抜くほどすばやい、という激しいたとえです。馬は大きく、動きもあり、しかも生きているのですから、その目を抜くなどというのは、ふつうにはできないほどの速さと荒々しさを思わせます。
この強いイメージから、もともとは、人のすきをつく早わざや、とても油断ならないしたたかさを言う表現として育ったと考えられます。ただ速いだけではなく、相手の不意をついて利益を取る感じがあるところが、この言い方の特徴です。
「生き馬」という言葉そのものが、落ち着いて動かないものではなく、すぐに動き出す生きた相手を指しています。そこに「目を抜く」という思い切った行いを重ねることで、並みのすばやさではないことを強く表しています。
この慣用句については、初めの一例を一つに決めにくいところがあります。けれども、昔から、きびしい世の中や抜け目のない人物を言うときに、非常に印象の強いたとえとして使われてきました。
昔の言い方では、競争のはげしい商人の世界や、人の出入りが多く損得の動きやすい町のありさまを語るときに、こうした激しいたとえがよく合いました。つまり、のんびりしていると先を越される世界を言い表す言葉として広まっていったのです。
この慣用句の意味は、時代が下るにつれて少し広がりました。はじめの強い動作のたとえから、今では、そういう人が集まる場所や、競争そのもののきびしさを言う場合にも自然に使われます。
そのため、現代では、生き馬の目を抜く人と言えば、非常に抜け目がなく、相手より一歩先に出ようとする人を指します。生き馬の目を抜く世界と言えば、少しの判断の遅れでも不利になる、きびしい競争の場を指します。
ただし、この慣用句は、単に元気があるとか、活気があるという意味ではありません。にぎやかな商店街や忙しい学校行事をほめるだけなら合わず、そこに出し抜く感じや容赦のない競争があるときにこそ、ぴたりとはまります。
また、この言い方には、どこか感心と警戒がまじった響きがあります。相手の働きぶりをほめるというより、すごいが油断できない、という気持ちで使うことが多いのです。
似た場面で「弱肉強食」は強い者が勝つ世のならいを広く言いますが、「生き馬の目を抜く」は、もっと目の前のすばやい駆け引きに目を向けた言い方です。この違いを意識すると、使い分けがしやすくなります。
結局、この慣用句のいちばん大事なところは、相手のすきを見のがさない抜け目のなさと、競争のきびしさです。生きて動く馬の目さえ抜くという思い切ったたとえによって、油断できない人物や世界のこわさを、強く印象づける表現になっています。
「生き馬の目を抜く」の使い方




「生き馬の目を抜く」の例文
- 新しい駅前の出店競争は生き馬の目を抜くようで、少しの判断の遅れが大きな差になった。
- 中古品の買い付け市場は生き馬の目を抜く世界で、目当ての品は迷っている間にほかの店へ渡った。
- 選挙のたびに人の集まり方が変わるのを見ると、この町の政治の世界は生き馬の目を抜くと言いたくなる。
- 人気選手の移籍先をめぐる交渉は生き馬の目を抜くようで、表に出ない動きが勝負を分けた。
- 兄は広告業界を、生き馬の目を抜くような速さと駆け引きがある仕事場だと話していた。
- 古物商の世界では、生き馬の目を抜くほどの目利きと決断の早さが求められることがある。























