【ことわざ】
上がって三代、下がって三代
【読み方】
あがってさんだい、さがってさんだい
【意味】
親類関係は、先祖の側へさかのぼっても、子孫の側へたどっても、三代ほどまではつながりや交際が保たれやすいが、それを越えると遠くなりやすいということ。


「上がって三代、下がって三代」の語源・由来
「上がって三代、下がって三代」は、一人の人を起点として、先祖の方向と子孫の方向へ、親類(しんるい)のつながりをたどる言い方です。「上がって」は父母、祖父母、曽祖父母へとさかのぼる向きを、「下がって」は子、孫、曽孫へと続く向きを表し、上下それぞれに同じ「三代」を置くことで、近い縁と遠い縁との境目を覚えやすく示しています。
ここでいう三代(さんだい)は、親・子・孫のように続いていく三つの世代を表す言葉です。このことわざでは、話し手自身を起点にして上へ三代、下へ三代を見渡し、家のつながりをどこまでも数え上げるのではなく、顔を知り、名を覚え、行き来が続きやすい親類の範囲を取り上げています。
この言葉が表しているのは、世代が遠く離れるほど、親類であっても日常の交際や記憶が薄れやすいという、暮らしの中の経験です。親類とは、血縁や婚姻によってつながる人々を指しますが、このことわざは、そのつながりの有無を定めるのではなく、互いを身近に知っている範囲には限りが生じやすいことを言い表しています。
表現の形にも工夫があります。「上がって」と「下がって」を対にし、どちらにも「三代」を添えることで、先祖へ向かう側と子孫へ続く側とを、釣り合いの取れた形で示しています。そのため、法事で親類の話をするときや、系図(けいず)をたどって家族のつながりを考えるときにも、意味が伝わりやすく、口にしやすい言い方になっています。
また、このことわざの「三代」は、親類との縁が三代を越えた瞬間になくなる、という厳密な区切りを示すものではありません。親類の間柄が遠くなるにつれて、日ごろの行き来や、互いの暮らしを知る機会も少なくなりやすいという見方を、三代という分かりやすい数にまとめた言葉です。
現在も、このことわざは「上がって三代、下がって三代」と読み継がれています。遠い親類を軽んじるためではなく、つながりの広がりを大切に受け止めながら、身近に交わりやすい範囲には世代による隔たりがあることを知らせる表現です。
「上がって三代、下がって三代」の使い方




「上がって三代、下がって三代」の例文
- 祖母は法事で集まった親類を見ながら、上がって三代、下がって三代というものだと話した。
- 家系図を広げると、上がって三代、下がって三代のあたりまでは顔と名前が結びついた。
- 遠い親戚との縁をたどった父は、上がって三代、下がって三代を越えると交流の記憶も薄くなると言った。
- 古いアルバムの整理では、上がって三代、下がって三代までの親類なら家族で説明し合えた。
- 親族会の案内先を考えるうち、上がって三代、下がって三代という言葉の意味を実感した。
- 町の聞き取りで家のつながりを尋ねると、上がって三代、下がって三代の範囲の話が多く集まった。
主な参考文献
・佐竹秀雄・武田勝昭・伊藤高雄編、北村孝一監修『故事俗信ことわざ大辞典 第二版』小学館、2012年。
・小学館『デジタル大辞泉』小学館。























