【ことわざ】
後から剝げる正月言葉
【読み方】
あとからはげるしょうがつことば
【意味】
うわべだけを上品に飾った言葉やお世辞は、あとで本心や中身のなさが明らかになるということ。「正月言葉」には体裁のよい言葉・へつらいの言葉という意味があり、「剝げる」には隠れた内実があらわれるという意味がある。


【類義語】
・馬脚を露わす(ばきゃくをあらわす)
・化けの皮が剥がれる(ばけのかわがはがれる)
・地金が出る(じがねがでる)
【対義語】
・言行一致(げんこういっち)
「後から剝げる正月言葉」の語源・由来
このことわざの土台にある「正月言葉」は、もとは新年の祝いの言葉や、縁起をかついでふだんの言葉を別の言葉に言い換えるものです。たとえば、なまこを「俵子」、ねずみを「嫁が君」、茶を「大服」、寝るを「稲積む」と呼ぶような、改まった場にふさわしい言い方を指しました。
江戸時代には、この「改まった言葉」という性質から、よそゆきの言葉、さらに体裁のよい言葉やお世辞を指す意味へも広がりました。『雀子集』(1662年・江戸時代前期)には体裁のよい言葉に近い用例があり、『新可笑記』(1688年・江戸時代前期)には、正月の言葉として身も若やぐという趣の用例が出てきます。
また、『風流志道軒伝』(1763年・江戸時代中期、平賀源内著)には、「虚言八百の正月詞」という形が出てきます。ここでは、「正月詞」が単なる祝いの言葉だけでなく、うその多いお世辞や体裁のよい言葉として受け取られていたことが分かります。
「後から剝げる正月言葉」という形を強く印象づける古い用例は、『仮名手本忠臣蔵(かなでほんちゅうしんぐら)』(寛延元年〔1748年〕初演、2代目竹田出雲・三好松洛・並木千柳合作)にあります。この作品は全11段の人形浄瑠璃で、赤穂事件を題材にしながら、別の時代設定に移して作られました。
この場面で原郷右衛門は、飾られた花を見て、花が開くように閉じられた門も開き、殿の閉門が赦されるだろうと明るく言います。これに斧九太夫は、花はしばらく人を喜ばせても風が吹けば散ると返し、郷右衛門の言葉も人を喜ばせるためだけのものだとして、「後からはげる正月言葉」ときびしく言います。
ここでの「剝げる」は、表面を覆うものが取れるという具体的な意味をもとに、隠れていた内実があらわれるという意味へ重なっています。つまり、「正月言葉」のきれいな上面が、時間がたつと剝がれ、本当の心や中身のなさが見えてしまう、というたとえです。
このように、「後から剝げる正月言葉」は、正月らしい改まった美しい言葉を、よそゆきで上品に見えるだけの言葉へ見立てた表現です。そこに「後から剝げる」という言い方が加わることで、飾った言葉よりも、あとで確かめられる誠実さのほうが大切だという教えにつながっています。
「後から剝げる正月言葉」の使い方




「後から剝げる正月言葉」の例文
- 堂々としたあいさつをしても、約束を守らなければ後から剝げる正月言葉になる。
- 寄付をすると言いながら何もしなかった社長の発言は、後から剝げる正月言葉だった。
- 友人を助けると言ったのに面倒になると逃げたので、彼の言葉は後から剝げる正月言葉に終わった。
- 立派な計画を発表しても実行が伴わなければ、後から剝げる正月言葉と受け取られる。
- 笑顔でほめていても陰で悪口を言うようでは、後から剝げる正月言葉だ。
- 品のよい言い方だけをまねても心がこもらなければ、後から剝げる正月言葉になってしまう。
主な参考文献
・小学館国語辞典編集部編『精選版 日本国語大辞典』小学館、2005〜2006年。
・松村明監修、小学館大辞泉編集部編『大辞泉 第二版』小学館、2012年。
・竹田出雲・三好松洛・並木千柳『仮名手本忠臣蔵』1748年初演。























