【故事成語】
一日再び晨なり難し
【読み方】
いちじつふたたびあしたなりがたし
【意味】
一日に朝は二度来ないように、過ぎた時は戻らないということ。今ある時間をむだにせず、大切に過ごせという戒め。


【英語】
・Time and tide wait for no man(時は人を待たない)
【類義語】
・盛年重ねて来らず(せいねんかさねてきたらず)
・歳月人を待たず(さいげつひとをまたず)
・光陰矢の如し(こういんやのごとし)
【対義語】
・待てば海路の日和あり(まてばかいろのひよりあり)
・果報は寝て待て(かほうはねてまて)
「一日再び晨なり難し」の故事
「一日再び晨なり難し」は、中国の詩人、陶淵明(とうえんめい)の詩に由来する故事成語です。陶淵明は365年に生まれ、427年に没した東晋末から南朝宋初の詩人で、名は潜、一説に名を淵明、字を元亮ともいい、田園での生活をもとにした平淡で深い詩風で知られます。
この言葉は、陶淵明の『雑詩』其一に出てくる「一日難再晨」を日本語に読み下した形です。原文では「盛年不重來 一日難再晨 及時當勉勵 歳月不待人」と続き、「若く充実した時期は二度と来ず、一日のうちに朝も二度は来ない。よい時機を逃さず努めるべきで、歳月は人を待ってくれない」という流れになります。
「晨」は朝、夜明けを指す言葉です。「一日難再晨」は、一日の中で朝が二度来ることはない、という具体的な事実をもとにしています。ここから、今日という時間は一度きりであり、過ぎてしまえば同じ時を最初からやり直すことはできない、という意味が生まれます。
この詩全体では、人生を根のない草や道の上の塵にたとえ、人の身が定まらず、時が移ろいやすいことをうたっています。続いて、人は血のつながりだけにこだわらず、喜びを得たときには近しい人々と楽しむべきだという考えが述べられ、そのあとに「盛年不重來 一日難再晨」の句が置かれています。
そのため、この故事成語は、もともとは単に「勉強しなさい」とだけ命じる言葉ではありません。『雑詩』の文脈では、戻らない時間を意識し、今の喜びやよい時機を逃さず、充実した時間を過ごすことが大切だという意味をもっています。
後の日本語では、この句と前後の「盛年重ねて来らず」「歳月人を待たず」が、それぞれ独立した戒めの言葉として用いられるようになりました。「盛年重ねて来らず」は若い盛りが二度と来ないこと、「歳月人を待たず」は年月が人の都合に関係なく過ぎ去ることを表し、どちらも陶淵明の『雑詩』に由来します。
「一日再び晨なり難し」は、これらと同じ流れの中にある表現です。朝が一日に二度来ないという身近なたとえを通して、時間の一回性を強く伝えます。現在では、勉学や仕事に励む戒めとしても、今しかない体験や人との時間を大切にする言葉としても使われます。
「一日再び晨なり難し」の使い方




「一日再び晨なり難し」の例文
- 一日再び晨なり難しという言葉を思い出し、朝の読書時間を大切にした。
- 祖母は、一日再び晨なり難しと言って、家族で過ごす休日をむだにしなかった。
- 一日再び晨なり難しを胸に、彼は若い時期の学びをおろそかにしなかった。
- 文化祭の準備期間は短く、一日再び晨なり難しという思いで、班員全員が力を合わせた。
- 一日再び晨なり難しという戒めは、過ぎた時間が戻らないことを静かに教える。
- 仕事に慣れてからも、一日再び晨なり難しの心で、毎日の課題に丁寧に向き合った。
主な参考文献
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第二版』小学館、2000〜2002年。
・松村明編『大辞泉 第二版』小学館、2012年。
・円満字二郎編『故事成語を知る辞典』小学館、2018年。
・北村孝一編『ことわざを知る辞典』小学館、2018年。
・陶淵明『雑詩』。























