【故事成語】
一無かるべからず、二あるべからず
【読み方】
いちなかるべからず、にあるべからず
【意味】
一つはなくてはならないほど大切だが、二つあってはならないほど特異な存在であること。日本では、一度はあってもよいが、二度目は許されないという戒めとしても用いられる。


【英語】
・one of a kind(唯一無二の、ほかに同じものがない)
・irreplaceable(代わりのきかない)
【類義語】
・唯一無二(ゆいいつむに)
・無二(むに)
【対義語】
・掃いて捨てるほど(はいてすてるほど)
「一無かるべからず、二あるべからず」の故事
この故事成語のもととなる形は、中国語の「不可無一,不可有二」です。意味は、「一人はなくてはならないが、もう一人、同じような人物がいてはならない」というもので、特別で代わりのきかない人物を評する言い方です。
原典にあたる『南齊書(なんせいしょ)』(南梁、蕭子顯撰)は、南朝斉の歴史を記した史書で、現存五十九巻とされます。その巻四十一「張融(ちょうゆう)・周顒(しゅうぎょう)」の列伝に、この言葉のもととなった一節が出てきます。
張融は、文章や振る舞いが非常に個性的で、周囲の人々とは異なる才能と気質をもつ人物として描かれています。『南齊書』には、太祖が張融を珍しく愛し、太尉であったころには親しく接して、張融を見るたびに「此人不可無一,不可有二」と笑って言ったと記されています。
この言葉は、ただ張融をほめただけではありません。「このような人物は一人いなければならない」という評価と、「しかし、二人もいたら、世の中や朝廷が落ち着かない」という含みとが重なっています。張融の才能は貴重でありながら、気質や行動があまりに独特であったため、太祖はその人物像を、軽い笑いを交えて言い表したのです。
後に、この一節は、清代の翟灝(てきこう)が編んだ『通俗編(つうぞくへん)』にも収められました。『通俗編』は、五千余りの俗語・成語・諺を分類し、語源を考証した三十八巻の書物で、巻三十二「數目」に「不可無一,不可有二」として採られています。
日本語では、この漢文を訓読調にして、「一無かるべからず、二あるべからず」と表します。「無かるべからず」は「なくてはならない」、「あるべからず」は「あってはならない」という意味であるため、全体として「一つは必要だが、二つはあってはならない」と読むことができます。
また、日本語のことわざとしては、「一度はあってもよいが、二度目はない」という戒めの形でも用いられてきました。この場合は、失敗や過ちを一度の経験で終わらせ、同じことを二度繰り返してはならない、という意味になります。
ただし、もとの故事に即して考えると、この故事成語の中心には、「一人だけなら貴重で、二人いると過剰になる」という人物評があります。現在使うときも、ただ「二度目はだめ」と言うだけでなく、特別な存在の価値と、同じものが重なる危うさの両方を意識すると、言葉の味わいがよく伝わります。
「一無かるべからず、二あるべからず」の使い方




「一無かるべからず、二あるべからず」の例文
- あの店長は大胆な企画で店を明るくするが、一無かるべからず、二あるべからずの人物で、同じタイプが二人いると方針がぶつかる。
- 文化祭の実行委員には、強い発想を出す生徒が一人必要だが、一無かるべからず、二あるべからずで、全員が同じ調子では準備が進まない。
- 祖父は家族の空気を変えるほど個性的で、一無かるべからず、二あるべからずという言葉がよく似合う。
- 新しい制度を動かすには改革派の社員が欠かせないが、一無かるべからず、二あるべからずで、同じ強さの人が並ぶと会議がまとまりにくい。
- 名物司会者は一無かるべからず、二あるべからずの存在で、一人だからこそ番組全体が引き立つ。
- 同じ失敗を二度繰り返さないよう、一無かるべからず、二あるべからずという戒めを胸に、手順を最初から見直した。
主な参考文献
・蕭子顯『南齊書』南梁。
・翟灝編『通俗編』無不宜斎、1751年序。
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第二版』小学館、2000〜2002年。
・松村明監修『大辞泉 第二版』小学館、2012年。
・Merriam-Webster, 『Merriam-Webster.com Dictionary』Merriam-Webster、2026年参照。























