【ことわざ】
稲は実るにつけて俯き、侍は出世につけて仰向く
【読み方】
いねはみのるにつけてうつむき、さむらいはしゅっせにつけてあおむく
【意味】
人は出世したり力をつけたりするほど、いばらず、稲穂のように頭を低くして謙虚であるべきだという戒め。


【英語】
・The boughs that bear most hang lowest.(実を多くつけた枝ほど低く垂れる)
【類義語】
・実るほど頭の下がる稲穂かな(みのるほどあたまのさがるいなほかな)
・菩薩は実が入れば俯く(ぼさつはみがいればうつむく)
・人間は実が入れば仰ぐ菩薩は実が入れば俯く(にんげんはみがいればあおぐぼさつはみがいればうつむく)
「稲は実るにつけて俯き、侍は出世につけて仰向く」の語源・由来
このことわざの土台には、稲の実りという身近な観察があります。稲は穂を出したあと、葉で作った養分を穂へ送り、籾(もみ)の中に米を蓄えていきます。
稲の穂は、実が入ると重くなり、しだいに垂れ下がります。この自然の姿から、学問や徳が深まった人ほど、かえって人に対して謙虚になる、というたとえが生まれました。
一方、このことわざは、稲だけでなく「侍」を対に置いているところに特徴があります。稲は実るほど俯くのに、侍は出世するほど仰向く、つまり威張って反り返る、という対比によって、成功したときの人の高ぶりを鋭く戒めています。
同じ発想を示す古い形に、「人間は実が入れば仰ぐ菩薩は実が入れば俯く」があります。この「菩薩」は米を指し、人は地位や権力を得ると高慢になりがちであるのに対し、稲は実るほど俯いて謙譲の態度となる、という意味を表します。
この古い形は、『毛吹草(けふきぐさ)』(寛永15年〔1638年〕序、正保2年〔1645年〕刊、松江重頼編)に出てくる言い方として伝わります。『毛吹草』は、江戸前期の俳書で、俳諧の作法や発句、付句のほか、古いことわざに当たる言い方も収めた書物です。
ここでは、米や稲が実ると低くなることと、人が地位を得ると高く構えやすいことが、すでに一組の対比として表されています。現在の「稲は実るにつけて俯き、侍は出世につけて仰向く」は、この対比を、稲と侍という分かりやすい姿に置きかえ、教訓をよりはっきりと示す形になっています。
また、「実るほど頭の下がる稲穂かな」という近い言い方も、広く用いられます。こちらは、学徳が深まるほど人は謙虚になる、というよい面を強く表しますが、「稲は実るにつけて俯き、侍は出世につけて仰向く」は、そこに「出世していばる人」への皮肉を加えた言い方です。
つまり、このことわざは、稲穂の低く垂れる姿をほめるだけでなく、力や立場を得た人が頭を高くしてしまう危うさを戒めています。出世や成功そのものを否定するのではなく、そのときこそ謙虚さを失わないことが大切だと教える表現です。
「稲は実るにつけて俯き、侍は出世につけて仰向く」の使い方




「稲は実るにつけて俯き、侍は出世につけて仰向く」の例文
- 部長になった兄は、稲は実るにつけて俯き、侍は出世につけて仰向くを心に留め、前より丁寧に人の話を聞くようになった。
- 大会で優勝したあとこそ、稲は実るにつけて俯き、侍は出世につけて仰向くという言葉を忘れてはならない。
- 新しい役職についた上司は、稲は実るにつけて俯き、侍は出世につけて仰向くとは反対に、少し高圧的になってしまった。
- 友人は賞をもらっても態度を変えず、稲は実るにつけて俯き、侍は出世につけて仰向くをそのまま示すような人だった。
- 学級委員に選ばれたからといって命令口調になるのは、稲は実るにつけて俯き、侍は出世につけて仰向くという戒めに反する。
- 会社が大きくなった今こそ、経営者は稲は実るにつけて俯き、侍は出世につけて仰向くの意味を深く考えるべきだ。
主な参考文献
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第二版』小学館、2000〜2002年。
・松村明監修『デジタル大辞泉』小学館。
・北村孝一編『ことわざを知る辞典』小学館、2018年。
・松江重頼編『毛吹草』1645年。























