【ことわざ】
老いの学問
【読み方】
おいのがくもん
【意味】
年老いてから学問を始めること。晩学のこと。


【英語】
・It is never too late to learn(学ぶのに遅すぎることはない)
・He began learning late in life(彼は晩年になって学び始めた)
【類義語】
・老いの手習い(おいのてならい)
・六十の手習い(ろくじゅうのてならい)
・八十の手習い(はちじゅうのてならい)
・晩学(ばんがく)
「老いの学問」の語源・由来
「老いの学問」は、「老い」と「学問」を結びつけた言い方です。「老い」は年老いること、または老年を表し、「学問」は学び習うことや、身につけた知識を指します。
このことわざは、年齢を重ねてから学問を始めることを表します。年を取ってからの学びを、遅すぎるものとして退けるのではなく、晩年の努力としてとらえる言葉です。
同じ意味をもつ古い言葉に「老学問(おいがくもん)」があります。「老学問」は、年老いてからする学問を意味し、「老いの学問」「老いの手習い」と同じ意味の言葉として用いられます。
「老学問」の古い用例は、『宇津保物語』(970〜999年ごろ・平安時代中期、作者未詳)「蔵開上」に出てきます。『宇津保物語』は二十巻から成る平安時代の物語で、作者は未詳、源順の作とする説もあります。
その用例には、「おいがくもん皆せらるるなかに、などか衛門督のいとまめやかにとくをさめられけん」とあります。ここでは、年老いてから学問をする人々の中で、ある人物が熱心に徳を修めたことを述べる文脈で使われています。
この古い「老学問」は、現代の「老いの学問」と形は少し違います。しかし、年を取ってから学問に向かうという意味の芯は同じで、老年と学びを結びつける発想が古くからあったことを示しています。
「晩学」という言葉も、同じ意味の流れにあります。「晩学」は、年を取ってから学問に志すことを表し、『菅家文草』(900年ごろ・平安時代前期、菅原道真著)にも用例があります。
「老いの学問」と近いことわざに、「六十の手習い」があります。もとは六十歳になってから習字を始めることを表し、そこから、年を取ってから初めて物事を習うことのたとえとして使われるようになりました。
「六十の手習い」の古い用例は、浮世草子『好色盛衰記』(1688年・江戸時代前期)に出てきます。ここでは「手ならひ」という形が見え、年を取ってから手習いを始めるという具体的な場面から、後に学び全般を表す言い方へ広がったことが分かります。
さらに、「八十の手習い」という形もあります。この言い方は、年を取ってから学問を始めること、晩学のたとえを表し、浄瑠璃『小野道風青柳硯』(1754年・江戸時代中期)に用例があります。
このように、「老いの学問」は、老年になってからの学びを表す「老学問」や「晩学」、また「六十の手習い」「八十の手習い」と同じ発想の中で理解されます。年齢を理由に学びをあきらめず、人生の後半にも新しい知識や技を身につけようとする姿を表すことわざです。
「老いの学問」の使い方




「老いの学問」の例文
- 祖父は退職後に歴史を学び始め、老いの学問を楽しんでいる。
- 老いの学問というように、祖母は七十歳を過ぎてから英会話教室に通い始めた。
- 父は定年後も毎朝机に向かい、老いの学問として古典を読み続けている。
- 老いの学問を恥ずかしがらず、新しい知識を吸収しようとする姿勢は尊い。
- 町の講座には高齢の参加者も多く、老いの学問の楽しさが伝わってきた。
- 老いの学問を始めた叔父は、若いころよりも丁寧に本を読むようになった。
主な参考文献
・小学館国語辞典編集部編『精選版 日本国語大辞典』小学館、2005〜2006年。
・北村孝一編『ことわざを知る辞典』小学館、2018年。
・山川出版社編『山川 日本史小辞典 改訂新版』山川出版社、2016年。
・菅原道真『菅家文草』900年ごろ。
・『宇津保物語』970〜999年ごろ。
・井原西鶴『好色盛衰記』1688年。
・竹田出雲・吉田冠子ほか『小野道風青柳硯』1754年。























