【ことわざ】
海老跳れども川を出でず
【読み方】
えびおどれどもかわをいでず
【意味】
人にはそれぞれ天分があり、その範囲を超えることは難しいというたとえ。川にすむ海老は、どんなにはねても川から出られないことからいう。


【英語】
・let the cobbler stick to his last(人は自分の知っている分野・本分に合ったことをすべきだ)
【類義語】
・蟹は甲羅に似せて穴を掘る(かにはこうらににせてあなをほる)
・分相応(ぶんそうおう)
【対義語】
・山の芋が鰻になる(やまのいもがうなぎになる)
「海老跳れども川を出でず」の語源・由来
「海老跳れども川を出でず」は、川にすむ海老がいくらはねても、結局は川という自分のすみかから出られないという、具体的なたとえから生まれたことわざです。海老の小さな動きを通して、人や物にはそれぞれ持って生まれた性質や限りがある、という考えを表しています。
「海老」は、海水または淡水にすむ甲殻類を広く指す言葉です。このことわざでは、特に川にすむ海老の姿がもとになっており、「川蝦・川海老」は、川に棲むエビの総称で、ヌマエビやテナガエビなどを指します。
「川蝦」という言葉は、『日葡辞書』(1603〜1604年・安土桃山時代末から江戸時代初期)にも出てきます。川の中で暮らす小さな海老は、身近な水辺の生き物として、古くから人々に知られていました。
「跳れども」は「おどれども」と読みます。ここでの「おどる」は、音楽に合わせて踊ることではなく、飛び跳ねる、跳ね上がるという動きを表します。
海老は、腹部の筋肉を使って体を動かす生き物です。そのため、水中でぴんとはねるような動きが、ことわざの中では「跳る」「踊る」という生き生きした言い方で表されています。
このことわざの表記には、「蝦踊れども川を出でず」という形もあります。「蝦」は「海老」、「踊れども」は「跳れども」とも書き、同じ意味の表現として用いられます。
また、「川」の部分を「斗」とする形もあります。「斗」は、穀物などの量をはかる器や、十升の容量を表す字です。
「川を出でず」とする形では、川にすむ海老がどれほどはねても川から出ない、という水辺の情景が前に出ます。一方、「斗を出でず」とする形では、器の中で跳ねても外へ出られないという、限られた場所の中での動きが思い浮かびます。
このことわざの意味の芯にある「天分」は、もともと「天が分け与えたもの」という考え方から、生まれつきの才能や資質、または天から与えられた役割や運命を指します。
そのため、「海老跳れども川を出でず」は、ただ努力を否定する言葉ではありません。自分の性質や力、置かれた条件をよく見きわめ、その範囲を無視して無理をしすぎないように戒める言葉として使われます。
近い考え方を表す言葉に、「蟹は甲羅に似せて穴を掘る」があります。蟹が自分の甲羅の大きさに合った穴を掘るように、人も身分や力量にふさわしい言動をする、というたとえです。
現在では、勉強、仕事、スポーツ、計画づくりなどの場面で、自分の実力や条件をこえた無理な考えをいさめるときに使われます。川海老がいくら跳ねても川から出ないという素朴なたとえが、人の力量や分を考える教えへと広がったことわざです。
「海老跳れども川を出でず」の使い方




「海老跳れども川を出でず」の例文
- 一年間まったく練習しなかったのに全国大会で優勝しようとするのは、海老跳れども川を出でずというものだ。
- 道具も技術もないまま大きな作品を作ろうとして、海老跳れども川を出でずの結果になった。
- 自分の実力を考えずに難しい仕事ばかり引き受けると、海老跳れども川を出でずになりかねない。
- 急に有名な選手のまねをしても、基礎がなければ海老跳れども川を出でずだ。
- 予算も人手も足りない計画は、どれほど理想が高くても海老跳れども川を出でずに終わる。
- 海老跳れども川を出でずという言葉を思い出し、まずは自分にできる範囲から勉強を始めた。
主な参考文献
・日本漢字能力検定協会『漢字ペディア』。
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第二版』小学館、2000〜2002年。
・松村明監修『大辞泉 第二版』小学館、2012年。
・諸橋轍次著『大漢和辞典 修訂第二版』大修館書店、1989〜1990年。
・Elizabeth Knowles, 『The Oxford Dictionary of Phrase and Fable』Oxford University Press。























