【故事成語】
己の長に伐らず
【読み方】
おのれのちょうにほこらず
【意味】
自分の長所や才能を、人に誇って自慢してはならないという戒め。


【英語】
・Do not boast about your strengths(自分の長所を自慢してはならない)
【類義語】
・己の長を説くことなかれ(おのれのちょうをとくことなかれ)
【対義語】
・自画自賛(じがじさん)
「己の長に伐らず」の故事
「己の長に伐らず」は、中国の正史『北斉書(ほくせいしょ)』(636年・唐、李百薬撰)に由来します。『北斉書』は、南北朝時代の北斉を中心とする歴史を記した二十四史(にじゅうしし)の一つで、本紀八巻と列伝(れつでん)四十二巻から成ります。
この言葉は、巻三十五に収められた陸卬の列伝に出てきます。陸卬は、東魏から北斉にかけて仕えた官人で、若いころから学問を好み、広く書物を読み、文章を作る才能にも恵まれていました。朝廷では、文書を扱う職や人材を選ぶ職を務め、国史の編修にも携わっています。
陸卬は、父が亡くなると礼を尽くして喪に服し、兄弟とともに墓のそばに住んで土を運び、墓を築きました。その孝行を朝廷も高く評価し、住んでいた里を「孝終里」と改めて褒めたと記されています。
母を失ったときにも、陸卬は深い悲しみのためにひどく衰弱しました。その後、弟の死を知らされると、あまりの悲しさに激しく泣き、そのまま四十八歳で世を去ったとあります。陸卬が、情愛の深い人物であったことを伝える場面です。
その生涯を結ぶ人物評には、「不説人短、不伐己長」と記されています。やさしく言えば、「人の短所を言い立てず、自分の長所を誇らなかった」という意味です。さらに、言葉が清らかで奥深く、人を見る確かな力も備えていたため、陸卬の死を朝廷の内外が大いに惜しんだと続きます。
ここで使われる「伐」は、木を切るという意味ではありません。古い漢語では「ほこる」「自慢する」という意味があり、「不伐己長」は、自分の優れたところを自ら言い立てないことを表します。
「長」は、身長や年月の長さではなく、その人が他人より優れているところ、すなわち長所や才能を指します。そのため、原文の「不伐己長」を日本語の言い回しにした「己の長に伐らず」は、「自分の長所を誇らない」という意味になります。
現存する『北斉書』には、早くに失われ、後代にほかの史書によって補われた巻があります。陸卬の伝を含む巻三十五も補われた部分ですが、同じ人物評は、唐の李延寿がまとめた『北史(ほくし)』巻二十八にも、「不説人短、不伐己長」と記されています。
これより古い後漢の文人、崔瑗が自分への戒めとして記した『座右銘(ざゆうめい)』にも、「人の短を道うこと無かれ、己の長を説くことなかれ」とあります。他人の欠点を言い立てず、自分の長所を自慢しないという教えは、陸卬の人物評だけに限らず、中国で古くから重んじられてきました。
ただし、「己の長に伐らず」は、優れた才能を隠し、正当な評価まで拒むよう勧める言葉ではありません。自分の力は行いによって示し、自ら大げさに吹聴しないという慎みを説いています。陸卬の才能そのものではなく、才能がありながら人の短所を語らず、自分を誇らなかった人柄こそが、この故事成語の核心です。
「己の長に伐らず」の使い方




「己の長に伐らず」の例文
- 大会で優勝した彼は、己の長に伐らずを心に留め、支えてくれた仲間への感謝を先に述べた。
- 己の長に伐らずという教えのとおり、姉は成績がよくても自分から自慢することはなかった。
- 職人は高い技術をもちながら、己の長に伐らずの姿勢を崩さず、黙々と仕事を続けた。
- 新記録を出した選手は、己の長に伐らずを胸に、勝利を自分一人の手柄にはしなかった。
- 己の長に伐らずを守る社長は、自社の成功を誇るより、社員一人ひとりの努力をたたえた。
- 知識の豊かな人ほど己の長に伐らずをわきまえ、相手の話にも謙虚に耳を傾けるものだ。
主な参考文献
・小川環樹・西田太一郎・赤塚忠・阿辻哲次・釜谷武志・木津祐子編『角川新字源 改訂新版』KADOKAWA、2017年。
・円満字二郎編『故事成語を知る辞典』小学館、2018年。
・李百薬『北斉書』636年。
・李延寿『北史』659年。























