【故事成語】
炎に趨り熱に付く
【読み方】
えんにはしりねつにつく
【意味】
権勢のある人に近づき、こびへつらって利益を得ようとすること。


【英語】
・curry favor with the powerful(権力者に取り入る)
【類義語】
・趨炎附熱(すうえんふねつ)
・趨炎附勢(すうえんふせい)
・炎にして付き寒にして棄つ(えんにしてつきかんにしてすつ)
【対義語】
・一視同仁(いっしどうじん)
「炎に趨り熱に付く」の故事
「炎に趨り熱に付く」は、漢語の「趨炎附熱」を日本語の形に読み下した言い方です。「趨」は、走る、または目的の方へ向かうという意味をもち、「炎」「熱」は、激しく盛んな勢いをたとえた言葉です。
この表現では、燃える炎や熱いものへ進んで近づく姿によって、権勢のある人に進んで寄り添う態度を表します。単に近づくというだけでなく、相手の力に頼って自分の利益を得ようとする、こびへつらいの意味合いを含みます。
もとになる言葉は、中国の史書『宋史』(元、1345年完成、脱脱ら奉勅撰)「李垂伝」に出てきます。『宋史』は宋王朝を扱う正史で、巻二百九十九の列伝に李垂の伝が収められています。
李垂は、北宋の人で、字を舜工といい、咸平年間に進士となった人物です。文章や議論で名を知られ、館閣校理などを務めました。
そのころ、丁謂という有力な宰相が政治の中心にいました。李垂は、丁謂が公正な道によって天下の期待にこたえていないと見て、そのもとへあいさつに行きませんでした。
のちに、ある人が李垂に、宰相に一度会っておけば官職を得る道が開けるのではないかと勧めました。これは、実力だけでなく、有力者とのつながりによって出世をねらう考え方です。
これに対して李垂は、自分は老いてからでも、不公正な大臣を見れば面と向かって正したい、と述べました。そして、「焉能趨炎附熱,看人眉睫,以冀推輓乎」と言います。これは、どうして権勢に近づき、相手の顔色をうかがって、引き立ててもらうことを望めようか、という意味です。
この一節の「趨炎附熱」が、「炎に趨り熱に付く」の直接のもとです。「趨炎」は盛んな炎へ走り寄ること、「附熱」は熱いものに付き従うことを表し、二つを重ねることで、勢いのある権力者に取り入る態度を強く描いています。
似た発想は、唐代の柳宗元(773〜819)の文章「宋清傳」にも出てきます。柳宗元は中国中唐の文人で、唐宋八大家の一人として知られています。
「宋清傳」は、長安の薬売りであった宋清という人物を描いた文章です。宋清は、貧しくて代金を払えない人にも良い薬を与え、返せない証文を年末に焼いてしまうような、目先の利益にとらわれない人でした。
その後、宋清に助けられた人の中には高い官職につく者も現れ、宋清に厚く報いるようになりました。宋清は落ちぶれた人にも態度を変えず、再び用いられた人からも大きな信頼を得ました。
柳宗元は、この宋清の態度と世間の交わりを対比して、「炎而附,寒而棄」と述べています。これは、勢いのあるときには付き従い、冷えて衰えると見捨てる、という意味です。
「炎に趨り熱に付く」と「炎にして付き寒にして棄つ」は、どちらも「炎」を盛んな権勢のたとえとして使っています。ただし前者は、権勢ある人に進んで近づく態度を主に表し、後者は、勢いのあるときだけ近づき、衰えると離れる態度まで含めて表します。
日本語では、「趨炎附熱」を「炎に趨り熱に付く」と読み下して、権力者にこびて付き従うことを表す故事成語として用います。「趨り」は「走り」と同じく、ただ歩み寄るのではなく、勢いよくそちらへ向かう意味を帯びています。
この故事成語の核心は、力のある相手に近づくことそのものではありません。自分の利益のために相手の勢いだけを見て、誠実さを失う態度を戒めるところにあります。
現在でも、学校・会社・政治・人間関係などで、人気者や有力者にだけこび、立場の弱い人には冷たくするような態度を批判するときに用いられます。人づきあいの中で、何を基準に相手と向き合うのかを考えさせる言葉です。
「炎に趨り熱に付く」の使い方




「炎に趨り熱に付く」の例文
- 社長に気に入られようとして急に態度を変える姿は、炎に趨り熱に付くものだった。
- 人気のある生徒にだけ近づき、地味な友人を避けるのは、炎に趨り熱に付く態度だ。
- 有力な議員にこびて仕事を得ようとする者を、祖父は炎に趨り熱に付く人だと評した。
- 成績のよいチームにだけ声援を送り、負け始めると離れるのは、炎に趨り熱に付く振る舞いに近い。
- 相手の地位を見て態度を変えるようでは、炎に趨り熱に付く人として信用を失う。
- 部長の前でだけ熱心に働く同僚を見て、炎に趨り熱に付くという言葉を思い出した。
主な参考文献
・集英社『imidas 会話で使えることわざ辞典』集英社。
・公益財団法人日本漢字能力検定協会『漢字ペディア』。
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第二版』小学館、2000〜2002年。
・脱脱等奉勅撰『宋史』1345年。
・柳宗元「宋清傳」唐代。
・Cambridge University Press, Cambridge Dictionary.























