【故事成語】
斧を掲げて淵に入る
【読み方】
おのをかかげてふちにいる
【意味】
物の用途を誤ること。また、人の能力を生かせない場所や役目に置くことのたとえ。


【英語】
・a square peg in a round hole(仕事や立場に合わない人)
【類義語】
・木に縁りて魚を求む(きによりてうおをもとむ)
【対義語】
・適材適所(てきざいてきしょ)
「斧を掲げて淵に入る」の故事
「斧を掲げて淵に入る」は、『淮南子(えなんじ)』(前漢、紀元前139年成立、劉安編)の「説山(せつざん)」にある「揭斧入淵」という言葉をもとにしています。『淮南子』は、淮南王の劉安が多くの学者を集めて編ませた、全二十一編の思想書です。
この一節の少し前には、高い土地を利用して物見台を築き、低い土地を利用して池を作るように、それぞれの性質や地勢に従って物を用いるべきだという考えが述べられています。物の特徴を無理に変えるのではなく、その長所が生きる場所を選ぶことが大切だという教えです。
続いて、魯(ろ)の国に、冠を作るのが得意な男と、履物を織るのが得意な妻がいたという話が出てきます。二人は越(えつ)の国へ移りましたが、そこは自分たちの技術を必要としない土地であったため、生活に困るようになりました。
この魯の職人の話には、『呂氏春秋(りょししゅんじゅう)』(紀元前239年ごろ完成、呂不韋のもとで編纂)「当務」や、『韓非子(かんぴし)』(戦国時代末期、韓非著)「説林上」に近い形があります。『韓非子』では、男は履物を、妻は冠に用いる白絹を作るのが得意でしたが、越の人々は裸足で歩き、髪を結わなかったため、その技術を生かせないと説いています。
つまり、二人に技術がなかったのではありません。どれほど優れた技術を身につけていても、それを必要としない場所へ行けば、長所を役立てることが難しくなるという意味です。
『淮南子』は、この話に続けて、山の上に蓮(はす)を植え、井戸の中に火をたくわえるようなものだとたとえています。蓮は水辺で育ち、火は水のない場所でこそ燃えるため、性質に合わない場所へ移せば、本来の働きを失ってしまいます。
そして、「操釣上山、揭斧入淵、欲得所求、難也」と続きます。やさしく言えば、釣り道具を持って山へ上り、斧を掲げて深い淵へ入っても、求めるものを得るのは難しいという意味です。
斧は、山や林で木を切るときに役立つ道具ですが、魚を捕るために水へ入るときには役立ちません。ここで問題となるのは、斧そのものの価値ではなく、目的・場所・道具の組み合わせを誤っていることです。
日本語では、原文の「揭斧入淵」を「斧を掲げて淵に入る」と読む形が定着しました。現在は、道具の使い道を間違えることだけでなく、才能のある人を、その能力に合わない仕事へ就かせることにも用います。
この故事成語は、道具が役に立たない、あるいは人に能力がないと決めつける言葉ではありません。道具や才能には、それぞれ力を発揮できる場所があるため、目的に合った使い方や役目を選ぶよう戒める表現です。
「斧を掲げて淵に入る」の使い方




「斧を掲げて淵に入る」の例文
- 絵が得意な生徒を会計係に、計算が得意な生徒を看板係に固定するのは、斧を掲げて淵に入るような配置だ。
- 繊細な園芸ばさみで太い丸太を切ろうとするのは、斧を掲げて淵に入るに等しい。
- 人の話を丁寧に聞くのが得意な友人に、大声で客を呼び込む役だけを任せるのは、斧を掲げて淵に入るようなものだ。
- 優秀な技術者を専門知識の要らない仕事に長く置く人事は、斧を掲げて淵に入る誤りを犯している。
- 地域の祭りで、料理人に音響設備を任せ、機械に詳しい人を調理場へ回すのは、斧を掲げて淵に入る役割分担だ。
- 目的を確かめずに道具や人を選べば、斧を掲げて淵に入る結果になりかねない。
主な参考文献
・集英社辞典編集部編『会話で使えることわざ辞典』集英社、1989年。
・現代言語研究会編『日本語を使いさばく故事ことわざの辞典』あすとろ出版、2007年。
・Cambridge University Press, Cambridge Advanced Learner’s Dictionary & Thesaurus.
・池田知久著訳『訳注「淮南子」』講談社、2012年。
・呂不韋編『呂氏春秋』紀元前239年ごろ。
・韓非『韓非子』戦国時代末期。
・劉安編『淮南子』紀元前139年。























