【ことわざ】
思し召しより米の飯
【読み方】
おぼしめしよりこめのめし
【意味】
口先だけの好意よりも、実際に役立つ食べ物や品物を与えてもらうほうがありがたいということ。


【英語】
・Nothing is given so freely as advice(助言ほど惜しげなく与えられるものはない)
【類義語】
・情けは質に置かれず(なさけはしちにおかれず)
・心中より饅頭(しんじゅうよりまんじゅう)
【対義語】
・米の飯より思し召し(こめのめしよりおぼしめし)
・食うた餅より心持ち(くうたもちよりこころもち)
「思し召しより米の飯」の語源・由来
「思し召しより米の飯」は、「思し召し」の末尾にある「召し」と、食べ物を表す「飯」が、ともに「めし」と読めることを利用したしゃれです。目に見えない好意よりも、実際に腹を満たす米の飯のほうがありがたいという庶民の率直な気持ちを、調子よく覚えやすい形にまとめています。
「思し召し」は、もともと「思し召す」という動詞の連用形が名詞になった言葉です。「思し召す」は「思う」の敬語で、「お思いになる」「お考えになる」という意味をもち、「おぼす」よりも敬意の高い言い方として用いられてきました。
「思し召す」は、「おもほしめす」が変化した言葉とされる一方で、「おぼす」に「めす」が加わり、敬意を強めたものとする見方もあります。平安時代の『竹取物語(たけとりものがたり)』や『伊勢物語(いせものがたり)』などにも用例があり、帝や皇族など、身分の高い人物の心の動きを表す言葉でした。
名詞となった「思し召し」の古い用例は、『宇津保物語(うつほものがたり)』(970〜999年ごろ成立、平安時代中期)に出てきます。ここでは、ある人の考えや意向という意味で使われており、まだ米の飯と結び付いたことわざではありません。
その後、「思し召し」は、単なる考えだけでなく、相手に向けられた好意や厚意を含む意向も表すようになりました。また、寄付や謝礼などについて、金額を相手の考えに任せる「お志」という意味でも使われています。
このことわざの「思し召し」は、身分の高い人の考えという本来の意味よりも、「ありがたいお気持ち」や「好意」という意味に近いものです。しかし、いくら温かい気持ちを示しても、それだけでは空腹を満たせません。そこで、抽象的な「思し召し」と、すぐに役立つ具体的な「米の飯」とを比べ、実物を与えることの大切さを表しました。
同じ発想をもつことわざには、「情けは質に置かれず」や「心中より饅頭」があります。いずれも、同情や体面だけでは生活の足しにならないとして、言葉や気持ちよりも実際の助けを求める人の立場を表しています。
一方、「米の飯より思し召し」や「食うた餅より心持ち」は、品物そのものよりも、贈ろうとしてくれた相手の気持ちがうれしいという、反対の価値観を表します。「召し」と「飯」、「餅」と「持ち」のように、音の似た言葉を組み合わせながら、実物と心のどちらを重んじるかを対照的に示しています。
このように、「思し召しより米の飯」は、古くからある敬語の「思し召し」を、「飯」と音の上で結び付けて生まれたことわざです。優しい言葉を否定するのではなく、困っている人には、その人が今必要としている具体的な助けを差し出すことが大切だと教えています。
「思し召しより米の飯」の使い方




「思し召しより米の飯」の例文
- 食料が尽きた被災地には、励ましの言葉だけでなく、思し召しより米の飯という考えに立った支援が必要だ。
- 生活費に困っている学生は、慰めを受けながらも、思し召しより米の飯だと思わずにはいられなかった。
- 病気で買い物に行けない祖母には、思し召しより米の飯と考え、食料を届けることにした。
- 会社は温かい言葉を並べるだけでなく、思し召しより米の飯の姿勢で被災した社員を金銭面から支えた。
- 失業して家賃にも困っている友人には、思し召しより米の飯と考え、具体的な援助を申し出た。
- 困窮する家庭に必要な学用品を届ける活動は、まさに思し召しより米の飯を実行したものだった。
主な参考文献
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第二版』小学館、2000〜2002年。
・佐竹秀雄・武田勝昭・伊藤高雄編、北村孝一監修『故事俗信ことわざ大辞典 第二版』小学館、2012年。
・北村孝一編『ことわざを知る辞典』小学館、2018年。
・現代言語研究会著『日本語を使いさばく 故事ことわざの辞典』あすとろ出版、2007年。























