【故事成語】
臥榻の側、豈に他人の鼾睡を容れんや
【読み方】
がとうのかたわら、あにたにんのかんすいをいれんや
【意味】
自分の勢力範囲や支配の及ぶ場所に、他人が入り込んで勢力を保つことを許さないたとえ。自分の国や領分の近くで、他者が独立した力をもつことを認めない姿勢を表す。


【英語】
・not allow others to encroach on one’s territory.(他人に自分の領域を侵されるのを許さない)
【類義語】
・臥榻之側(がとうのかたわら)
「臥榻の側、豈に他人の鼾睡を容れんや」の故事
この言葉のもとには、中国・北宋の初代皇帝である宋太祖趙匡胤(ちょうきょういん)と、南唐の最後の王である李煜(りいく)をめぐる出来事があります。宋太祖は960年に即位し、分かれていた諸勢力を平定して、統一を進めた人物です。
李煜は南唐の最後の王で、在位は961年から975年まででした。詩や詞にすぐれた人物としても知られますが、政治の面では、強大になった宋に向き合わなければなりませんでした。
この故事は、『続資治通鑑長編(ぞくしじつがんちょうへん)』(南宋、12世紀、李燾著)に出てきます。この書物は、北宋の太祖から欽宗までの歴史を年代順に詳しく記した歴史書です。
南唐の都であった江南が宋の軍事的な圧力を受けると、李煜は徐鉉(じょげん)を宋へ遣わしました。徐鉉は南唐に仕えた文学者で、この場面では使者として、出兵をゆるめてほしいと願い出ました。
徐鉉は、李煜が大国に仕える礼を尽くしており、病のために参朝できないだけで、宋に逆らうつもりはないと訴えました。さらに、一国の命を全うさせるため、兵を進めることをしばらく待ってほしいと願いました。
しかし、宋太祖はその願いを受け入れませんでした。宋太祖は怒って剣に手をかけ、「但天下一家,臥榻之側,豈容他人鼾睡乎!」と言いました。これは、「天下は一つの家である。自分の寝台のそばで、どうして他人がいびきをかいて眠ることを許せようか」という意味です。
ここでいう臥榻は、ただの寝台ではなく、自分が安心して眠る最も身近な場所を表します。鼾睡は、いびきをかいてぐっすり眠ることで、相手が警戒も遠慮もなく、堂々と居座っている姿をたとえています。
宋太祖の言葉は、南唐に大きな罪があるから討つというよりも、天下を一つにしようとする自分のそばに、別の政権が残ること自体を許さないという考えを表しています。そのため、この表現には、領土や権力の近くに他者の独立した勢力を置かないという強い意志がこめられています。
原文の「臥榻之側,豈容他人鼾睡乎」は、後に「自分の勢力範囲に他人が入り込むことを許さない」という意味で用いられるようになりました。寝床のそばという身近な比喩が、政治上の領分や勢力範囲を表す言葉へ広がったのです。
日本語では、「臥榻の側、豈に他人の鼾睡を容れんや」という漢文訓読の形で用いられます。「豈に」は反語を作り、「どうして……できようか、いやできない」という意味を表します。
現在の使い方では、国家や組織、権力者が、自分のすぐ近くに別の勢力が存在することを許さない場合に用いられます。日常の小さな場面にもたとえて使えますが、もとの故事が政治的な支配や勢力圏に関わるため、かなり強い言い方として受け取られます。
「臥榻の側、豈に他人の鼾睡を容れんや」の使い方




「臥榻の側、豈に他人の鼾睡を容れんや」の例文
- 周辺の小国の独立を認めない大国の姿勢は、臥榻の側、豈に他人の鼾睡を容れんやという考えに近い。
- その企業は主要市場に競合が入ることを嫌い、臥榻の側、豈に他人の鼾睡を容れんやの態度を示した。
- 城のすぐ近くに敵の砦が築かれたため、領主は臥榻の側、豈に他人の鼾睡を容れんやと考えた。
- 自治会の中心地域に別団体が無断で拠点を置いたことから、役員たちは臥榻の側、豈に他人の鼾睡を容れんやと反発した。
- 彼は自分の担当分野に他部署が入り込むのを嫌い、臥榻の側、豈に他人の鼾睡を容れんやという態度を崩さなかった。
- 臥榻の側、豈に他人の鼾睡を容れんやという発想は、自分の領分を守る強い意志を表す一方で、相手を受け入れない厳しさも含む。
主な参考文献
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第二版』小学館、2000〜2002年。
・白川静『字通』平凡社、1996年。
・李燾『続資治通鑑長編』。
・中華民国教育部『重編國語辭典修訂本』。
・Oxford University Press『Oxford Advanced Learner’s Dictionary.』























