【ことわざ】
剃刀の刃渡り
【読み方】
かみそりのはわたり
【意味】
失敗すれば自分の身を傷つけたり、大きな損害を受けたりするような、非常に危険な行動をすることのたとえ。


【類義語】
・危ない橋を渡る(あぶないはしをわたる)
・剣の刃渡り(つるぎのはわたり)
【対義語】
・石橋を叩いて渡る(いしばしをたたいてわたる)
「剃刀の刃渡り」の語源・由来
「剃刀」は、もともと「髪剃り」という意味の言葉です。頭髪やひげを剃るための刃物で、刃が薄く、たいへん鋭いという特徴があります。
「刃渡り」には、刃物の刃の長さという意味のほか、刀の刃の上を素足で歩く曲芸という意味があります。「剃刀の刃渡り」では、後者の危険な曲芸を思わせる表現として使われています。
鋭い刃の上には、安全に足を置けるほどの幅がほとんどありません。一歩でも踏み外せば傷を負うため、失敗の許されない危険な行動を、刃の上を渡る姿にたとえています。
刃の上を歩くことを危険のたとえとする発想は、室町時代にも使われていました。『周易抄(しゅうえきしょう)』(1477年成立、室町時代)には、「天下が、つるぎの刃ばをふむ様に険と云ぞ」とあり、世の中の状態が、剣の刃を踏むように危険であることを表しています。
これは「剃刀の刃渡り」そのものの用例ではありませんが、刃を踏む、または刃を渡るという姿によって、きわめて危うい状態を言い表す古い比喩です。後の「剃刀の刃渡り」と共通する発想が、早くから日本語の中にあったことが分かります。
「剃刀の刃渡り」という形の古い用例は、洒落本『意気客初心(いききゃくしょしん)』(1836年・江戸時代後期、山月庵主人著、呉鶴巣主人校)の上巻に出てきます。
そこには、「世にあぶなき渡世をするを髪剃(カミソリ)の刃(ハ)わたりといふ」とあります。危険な暮らし方や仕事をすることを、剃刀の刃の上を渡る行為にたとえた言い方です。
この用例の「渡世」は、世の中で暮らしていくことや、生計を立てるための仕事を指します。少しの失敗によって身を損なうような危険な仕事や生き方を、「髪剃の刃わたり」と呼んでいます。
古い用例では、現在の「剃刀」に当たる部分を「髪剃」と書いています。「髪を剃る刃物」という言葉の成り立ちが、そのまま表記に現れたものです。
「剃刀の刃渡り」は、「剃刀の刃を渡る」という、動詞を用いた形でも使われます。どちらも、失敗すれば身を滅ぼしかねないほど危険な行動をするという意味に変わりはありません。
明治時代には、河竹黙阿弥の歌舞伎『天衣紛上野初花(くもにまごううえののはつはな)』(明治14年)に、「いはば剣の刃渡りに唯の者には出来ねえ仕事」という用例が出てきます。「剣の刃渡り」も、普通の人にはできない危険な仕事を表しています。
内田魯庵の『社会百面相(しゃかいひゃくめんそう)』(明治35年)にも、「我輩の生涯は剣の刃渡りだから」という用例があります。刃渡りの比喩が、一時の行動だけでなく、常に危険と隣り合わせの生涯や立場を表す言い方へと広がったことが分かります。
このように、「剃刀の刃渡り」は、鋭い刃の上を歩くという危険な姿から生まれ、失敗の代償がきわめて大きい行動を表すことわざとして定着しました。単に難しいことに挑戦するのではなく、少しの誤りが大けがや破滅につながりかねない危うさを強く表す言葉です。
「剃刀の刃渡り」の使い方




「剃刀の刃渡り」の例文
- 会社の資金をすべて一つの未完成の商品につぎ込むのは、剃刀の刃渡りに等しい。
- 安全器具を使わずに切り立った岩場を登るなど、剃刀の刃渡りのような行動は避けるべきだ。
- 一言でも誤れば交渉が決裂するため、会談は終始、剃刀の刃渡りであった。
- わずかな蓄えをすべて不確かな事業に投じる計画は、まさに剃刀の刃渡りだ。
- 証拠を十分に集めないまま相手を告発するのは、剃刀の刃渡りになりかねない。
- 返済の見通しもないのに多額の借金を重ねる生活は、剃刀の刃渡りというほかない。
主な参考文献
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第二版』小学館、2000〜2002年。
・佐竹秀雄・武田勝昭・伊藤高雄編、北村孝一監修『故事俗信ことわざ大辞典 第二版』小学館、2012年。
・洒落本大成編集委員会編『洒落本大成 第29巻』中央公論社、1988年。
・山月庵主人著、呉鶴巣主人校『意気客初心』1836年。
・『周易抄』1477年。
・河竹黙阿弥『天衣紛上野初花』1881年。
・内田魯庵『社会百面相』博文館、1902年。























