【ことわざ】
雁は八百、矢は三文
【読み方】
がんははっぴゃく、やはさんもん
【意味】
わずかな元手で大もうけをすることのたとえ。三文の矢で、八百文の値打ちのある雁を射落とすことからいう。


【英語】
・make a killing.(短期間に大きな利益を得る)
【類義語】
・海老で鯛を釣る(えびでたいをつる)
・濡れ手で粟(ぬれてであわ)
【対義語】
・骨折り損のくたびれ儲け(ほねおりぞんのくたびれもうけ)
・安物買いの銭失い(やすものかいのぜにうしない)
「雁は八百、矢は三文」の語源・由来
「雁は八百、矢は三文」は、たくさんの値打ちをもつ雁を、わずかな値の矢で射落とすというたとえから生まれたことわざです。ここでいう「八百」は数の多さや値打ちの大きさを、「三文」はごく安い値を表し、小さな元手で大きな利益を得ることを意味します。
「雁は八百」という形は、後ろに「矢は三本」「矢は三筋」「矢は三文」「矢は三銭」などを続けて用いられました。もとの形の一つでは、雁は多いのに矢が少ないことから、獲物を得る手段が少ないことや、どれを取るか迷うことを表します。
その中でも「矢は三文」という形では、「矢の本数が少ない」という意味よりも、「矢の値段が安い」という意味が強くなります。三文の矢で八百文の雁を射落とすという見立てから、少ない費用で大きなもうけを得る意味へ移っていきました。
古い用例として、『毛吹草(けふきぐさ)』(寛永15年序・江戸時代前期、松江重頼編)に「がんは八百矢は三もん」という形が出てきます。『毛吹草』は俳諧論書であり、撰集を兼ねた書物で、俳諧の作法や言葉を広く集めた文献です。
この用例では、「雁は八百、矢は三文」が、すでに短いことわざの形でまとまっています。江戸時代前期には、わずかな値の矢と高い値打ちの雁を対比する言い方として、広く理解される土台ができていたと考えられます。
一方、「雁は八百」に続く別の形として、『傾城色三味線(けいせいいろじゃみせん)』(1701年・江戸時代前期、江島其磧作)には、「雁は八百」という用例が出てきます。『傾城色三味線』は、遊里や遊女を主題にした浮世草子で、五冊から成る作品です。
この段階での「雁は八百」は、獲物が多いのに手段が限られていることや、思いきってやってみることを含む表現として用いられています。つまり、「雁は八百」という前半には、多くの獲物を前にした人の迷いや決断の意味もありました。
「矢は三本」「矢は三筋」の形では、雁の多さと矢の少なさが対になり、手段の不足を表します。それに対して「矢は三文」の形では、矢の安さと雁の高い値打ちが対になり、少ない元手から大きな利益を得る意味がはっきりします。
「三文」は、一文銭三枚の値を表す言葉で、のちには「三文雑誌」「三文文士」のように、安いもの、価値の低いものを表す言葉としても使われました。この「ごく安い」という感覚が、「雁は八百、矢は三文」における利益の大きさを際立たせています。
現在では、商売や仕事などで、わずかな元手や小さなきっかけから大きな利益を得た場合に使います。ただし、ただの努力や成功をほめる言葉ではなく、「元手の小ささ」と「得たものの大きさ」の差に注目することわざです。
「雁は八百、矢は三文」の使い方




「雁は八百、矢は三文」の例文
- 古道具市で安く買った器が高く売れ、雁は八百、矢は三文のもうけになった。
- 小さな広告費で注文が大きく増えたのは、雁は八百、矢は三文の好例だ。
- 十円で仕入れた材料から人気商品が生まれ、雁は八百、矢は三文の成果を上げた。
- わずかな出資で大きな利益を得た投資話は、雁は八百、矢は三文のように聞こえる。
- 使わなくなった部品を少し直しただけで高値がつき、雁は八百、矢は三文となった。
- 雁は八百、矢は三文をねらうなら、安さだけでなく品物の価値を見分ける目も必要だ。
主な参考文献
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第二版』小学館、2000〜2002年。
・北村孝一編『ことわざを知る辞典』小学館、2018年。
・松村明監修、小学館大辞泉編集部編『大辞泉 第二版』小学館、2012年。
・松江重頼編『毛吹草』寛永15年序。
・江島其磧『傾城色三味線』1701年。
・Cambridge University Press『Cambridge Dictionary』Cambridge University Press.
・Oxford University Press『Oxford Advanced Learner’s Dictionary』Oxford University Press.























