【ことわざ】
風吹かぬ間の花
【読み方】
かぜふかぬまのはな
【意味】
一時だけの繁栄や成功。また、強い相手や抑える者がいない間だけ、思い上がって勢いづくこと。


【英語】
・a flash in the pan.(一時は有望に見えるが、すぐに終わる成功)
【類義語】
・月に叢雲花に風(つきにむらくもはなにかぜ)
・花に嵐(はなにあらし)
・風前の塵(ふうぜんのちり)
「風吹かぬ間の花」の語源・由来
「風吹かぬ間の花」は、風がまだ吹いていない間だけ咲いている花の姿をもとにしたことわざです。花は美しく咲いていても、強い風が来ればたちまち散ってしまいます。そのため、この表現は、今は栄えているように見えても長く続かない勢いや、強い相手がいない間だけの得意な態度を表します。
この言い方の背景には、日本の古い文学でくり返し使われてきた「花」と「風」の取り合わせがあります。花、とくに桜は、盛りの美しさと散りやすさを合わせもつものとしてとらえられてきました。「徒桜」は、はかなく散る桜、散りやすい桜、また、はかないもののたとえを指します。
室町時代末ごろの謡曲『墨染桜(すみぞめざくら)』には、「浮世の春のあだ桜、風吹かぬ間も有るべきか」とあります。これは、世の中の春に咲くはかない桜が、風にあわずにいつまでも残ることがあるだろうか、という趣旨の言葉です。花の美しさを、世の無常や命のはかなさに重ねています。
『墨染桜』は、深草の桜をめぐる謡曲です。仁明天皇の死を悲しんで出家した上野峯雄が、深草の桜に「この春ばかり墨染に咲け」と詠むと、桜の精が現れ、のちに夢の中で舞うという内容をもちます。作者は未詳で、古名を「岑雄」といいます。
この作品の中では、桜の花そのものが人の世のはかなさを語ります。「花の袂も風ふかぬ程は」とも謡われ、風が吹かない間だけ花の姿が保たれるという見方が示されています。ここでは、風がまだ来ないことは、安心できる永続ではなく、散る前のわずかな間を意味しています。
「風吹かぬ間の花」にさらに近い形は、幸若舞曲『百合若大臣』にも見えます。『幸若舞曲集 本文』(1943年、笹野堅編)に基づく大頭左兵衛本の本文では、蒙古勢が一時的に勢いを得て攻め入る場面で、「彼等が振舞は、風吹かぬ間の花なるべし」とあります。
幸若舞は、室町時代前期に興り、江戸時代初期まで行われた中世芸能です。叙事的な歌謡に合わせて舞うもので、『百合若大臣』はその代表的な題材の一つに数えられます。
『百合若大臣』の百合若は、蒙古襲来に出陣して大勝し、帰途に家臣の別府兄弟の悪計で孤島に置き去りにされ、のちに帰国して悪臣を成敗する英雄として語られます。この物語は、幸若や説経だけでなく、歌舞伎、浄瑠璃、地方の踊り歌にも脚色されました。
『百合若大臣』の「風吹かぬ間の花なるべし」は、強い力がまだ現れない間だけ、敵が勢いづいているという意味で使われています。風が吹けば花が散るように、百合若という強い存在が動けば、蒙古勢の勢いは長く続かないという見立てです。
この古い用例は、現在の「強い者がいない間におごり高ぶること」という意味とよくつながります。花は今だけ目立っているもの、風はその勢いを打ち消す力として働きます。そのため、「風吹かぬ間の花」は、見かけの繁栄に安心したり、相手がいないことで思い上がったりする危うさを、短い言葉で表すようになりました。
「風吹かぬ間の花」の使い方




「風吹かぬ間の花」の例文
- 主力選手がけがで休んでいる間の一位は、風吹かぬ間の花にすぎなかった。
- 競争相手がいない時だけ店の売り上げが伸びても、風吹かぬ間の花とはいえない努力が必要だ。
- 厳しい先生が出張中だからといって騒いでいる生徒たちは、まさに風吹かぬ間の花だった。
- 一時的な人気におごれば、その成功は風吹かぬ間の花で終わる。
- 大手企業がまだ参入していない市場での独占は、風吹かぬ間の花になりかねない。
- 本当の実力をつけなければ、今の好成績も風吹かぬ間の花となる。
主な参考文献
・佐竹秀雄・武田勝昭・伊藤高雄編、北村孝一監修『故事俗信ことわざ大辞典 第二版』小学館、2012年。
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第二版』小学館、2000〜2002年。
・笹野堅編『幸若舞曲集 本文』第一書房、1943年。
・吉田東伍・野村八良校訂『宴曲十七帖附謡曲末百番』国書刊行会、1912年。
・Merriam-Webster.com Dictionary, “flash in the pan.”























