【故事成語】
管豹の一斑
【読み方】
かんぴょうのいっぱん
【意味】
物の見方や考え方が狭く、全体を見ずに一部分だけで判断すること。管を通して豹を見て、皮のまだら模様の一部だけを見ることからいう。


【英語】
・a narrow view.(狭い見方)
・a limited perspective.(限られた視点)
【類義語】
・管中窺豹(かんちゅうきひょう)
・管見(かんけん)
・管窺(かんき)
・葦の髄から天井を覗く(よしのずいからてんじょうをのぞく)
・井蛙の見(せいあのけん)
【対義語】
・大所高所(たいしょこうしょ)
・大局観(たいきょくかん)
「管豹の一斑」の故事
「管豹の一斑」は、中国の古い言い方「管中窺豹、時見一斑」にもとづく故事成語です。「管中窺豹」は、管の中から豹をのぞくという意味で、「一斑」は、豹の皮にあるまだら模様の一つを指します。
この言葉のもとになった話は、『世説新語(せせつしんご)』(南朝宋、5世紀、劉義慶の作と伝わる逸話集)「方正」に出てきます。『世説新語』は、後漢末から南朝宋初にかけての名士たちの逸話や人物評を集めた書物です。
話の中心にいるのは、東晋の書家、王献之(おうけんし)です。王献之は字を子敬といい、王羲之(おうぎし)の第七子で、父とともに「二王」と称された書の名人です。
王献之がまだ数歳だったころ、父の門生たちが樗蒲(ちょぼ)という勝負遊びをしているのを見ていました。樗蒲は、中国から伝わったさいころを用いる遊びで、出た面の組み合わせによって勝負を争うものです。
幼い王献之は、その勝負の様子を見て「南風不競」と言いました。これは、一方の形勢が弱い、つまり勝負の流れがよくないという意味を含む言葉です。
門生たちは、王献之がまだ幼いことを軽く見ました。そして、「此郎亦管中窺豹、時見一斑」と言い、この子も管の中から豹をのぞいて、たまたま一つの斑点を見ただけだ、とからかいました。
この言葉は、王献之の判断が全体を見通したものではなく、偶然に一部分を見ただけだと決めつける言い方でした。管の穴から見える範囲はごく狭く、豹全体の姿や大きさ、動きまでは分からないからです。
王献之は、この言葉に腹を立てました。『世説新語』では、王献之が目をいからせ、昔の賢人たちに恥じると述べて、その場を去ったと記されています。
同じ逸話は、唐の房玄齢らが編んだ『晋書』(648年成立)にも、王献之の伝記の中で伝えられています。そこにも「此郎亦管中窺豹、時見一斑」とあり、この言い方が人物の逸話として後世に受け継がれたことが分かります。
もとの「管中窺豹」は、竹の管から豹を見るように、見える範囲が小さく、全体を捉えていないことのたとえです。中国語の成語としても、見聞が狭く、全体を見ていないことを表す言葉として説明されています。
「管豹の一斑」という形では、「管中窺豹」の「管」と「豹」、そして「時見一斑」の「一斑」が結びついています。つまり、管越しに豹を見て、一つのまだら模様だけを見ている、という場面そのものを短くまとめた表現です。
同じ豹の斑点の比喩から、「一斑を見て全豹を知る」という言い方もあります。こちらは、一部分を見て全体を推し量る意味で用いられますが、「管豹の一斑」は、管という狭い見方が強く、全体を見ずに判断することへの戒めとして用いられます。
現在の「管豹の一斑」は、知識や経験の一部だけを見て、物事の全体を分かったつもりになる危うさを表します。狭い視野にとどまらず、広い範囲から確かめて考えることの大切さを伝える故事成語です。
「管豹の一斑」の使い方




「管豹の一斑」の例文
- 一つの記事だけを読んで社会全体を語るのは、管豹の一斑にすぎない。
- 短い見学時間だけで学校の特色を決めつけるのは、管豹の一斑というものだ。
- 一人の失敗を見てチーム全体を弱いと判断するのは、管豹の一斑である。
- 店の外観だけで料理の味まで評価するのは、管豹の一斑になりかねない。
- 一部の数字だけを見て計画の成否を断じるのは、管豹の一斑に当たる。
- 友人の一言だけで性格を決めつけるのは、管豹の一斑の見方だ。
主な参考文献
・小学館国語辞典編集部編『精選版 日本国語大辞典』小学館、2006年。
・北村孝一編『ことわざを知る辞典』小学館、2018年。
・平凡社編『改訂新版 世界大百科事典』平凡社、2007年。
・劉義慶『世説新語』南朝宋。
・房玄齢等撰『晋書』唐、648年。
・中華民国教育部『成語典』2020年。
・Oxford University Press『Oxford Advanced Learner’s Dictionary.』























