【故事成語】
葵藿の志
【読み方】
きかくのこころざし
【意味】
徳の高い人を慕い、心を寄せること。また、君主や目上の人に忠誠を尽くす心のたとえ。


【英語】
・loyal devotion.(忠実に心を尽くすこと)
・allegiance.(君主・国・集団などへの忠誠)
【類義語】
・葵藿陽に傾く(きかくようにかたむく)
・葵心(きしん)
【対義語】
・面従腹背(めんじゅうふくはい)
「葵藿の志」の故事
「葵藿の志」は、中国三国時代の魏(ぎ)の詩人、曹植(192〜232)をめぐる故事にもとづく表現です。曹植は曹操の子で、魏の文帝である曹丕(そうひ)の弟にあたります。
この表現の背景には、曹植の「求通親親表」があります。「表」は、臣下が君主に差し出す文章の一種で、曹植はこの文章の中で、自分の切実な思いを、兄であり皇帝でもある文帝に述べました。
「求通親親表」は、のちに『文選(もんぜん)』巻三十七に収められました。『文選』は、中国南朝梁(りょう)の昭明太子蕭統(しょうとう)が、側近の文人たちの協力を得て編集した詩文集で、三十巻から成る大きな選集です。
曹植は皇族でありながら、兄弟や親族との交わりが思うように通じない立場に置かれていました。「求通親親表」には、婚姻や兄弟の付き合いが断たれ、祝いごとや弔いの礼も通じにくいという苦しみが書かれています。
そのうえで曹植は、自分の真心を犬馬の誠にたとえながら、それでも人を動かせないと嘆きます。そして、葵藿の葉が太陽に向かう姿を取り上げ、自分の心もそれと同じだと述べました。
原文には、「若葵藿之傾葉、太陽雖不為之迴光、然終向之者、誠也」とあります。これは、葵藿の葉が太陽の光を返してもらえなくても、なお太陽の方を向き続けるのは、まことの心による、という意味です。
続いて曹植は、「臣竊自比葵藿」と述べ、自分をひそかに葵藿になぞらえています。君主が自分に特別な光を向けなくても、臣下として仰ぎ慕う心は変わらない、という強い忠誠を表した部分です。
ここでいう「葵藿」は、植物そのものをいうだけではありません。ふゆあおいや豆の葉が日に向かう姿から、徳の高い人を慕い、心を寄せることのたとえとして使われるようになりました。
日本でも、かなり古くから「葵藿」は、徳を仰ぐ心を表す言葉として用いられました。『万葉集』(8世紀後半成立、奈良時代)巻五の八六四番歌の右詞文には、「仰徳之心、心同葵藿」とあり、徳を仰ぐ心が葵藿と同じだという形で使われています。
この古い用例では、「葵藿」は、日を慕う植物の動きそのものよりも、相手の徳を仰ぎ、離れていても思いを寄せる心を表しています。ここに、曹植の文章にあった「君主を仰ぎ慕う心」と、日本での「徳ある人を慕う心」とのつながりを見ることができます。
のちに「葵藿の志」は、葵藿が日に向かう姿をもとに、徳の高い人を慕う気持ち、また君主や長上に忠誠を尽くす心を表す故事成語としてまとまりました。単なる尊敬ではなく、相手を仰ぎ、まっすぐに仕えようとする深い志を表すところに、この言葉の重みがあります。
「葵藿の志」の使い方




「葵藿の志」の例文
- 恩師への葵藿の志を胸に、彼は研究の道を歩み続けた。
- 社長の誠実な姿勢にふれ、社員たちは葵藿の志を抱いて仕事に励んだ。
- 若い家臣は、主君への葵藿の志を失わず、困難な任務を果たした。
- 祖父の生き方を尊敬する姉は、葵藿の志をもって家業を継いだ。
- 葵藿の志は、相手にこびることではなく、徳ある人を心から慕う思いを表す。
- 先生の公平な指導に感動し、生徒たちは葵藿の志をもって学級の活動に取り組んだ。
主な参考文献
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第二版』小学館、2000〜2002年。
・諸橋轍次著、鎌田正・米山寅太郎修訂『大漢和辞典 巻9 修訂版』大修館書店、1985年。
・三省堂編修所編『新明解故事ことわざ辞典 第二版』三省堂、2016年。
・鈴木棠三編著『新編故事ことわざ辞典』創拓社、1992年。
・蕭統編、李善注『文選』。
・曹植『求通親親表』。























