【ことわざ】
悪人は善人の仇
【読み方】
あくにんはぜんにんのかたき
【意味】
善人はふつうだれも敵としないが、悪いことをする者だけは敵として許さないこと。善い人ほど、悪事を見過ごさないという意にもいう。


【英語】
・The wicked are the enemies of the good.(悪人は善人の敵である)
・Good people make an enemy of evil.(善人は悪を敵として退ける)
・The good cannot forgive wickedness.(善人は悪事を許しにくい)
【類義語】
・悪人の友を捨てて善人の敵を招け(あくにんのともをすててぜんにんのかたきをまねけ)
・善には善の報い、悪には悪の報い(ぜんにはぜんのむくい、あくにはあくのむくい)
・悪人あればこそ善人も顕れる(あくにんあればこそぜんにんもあらわれる)
【対義語】
・仇を恩で報いる(あだをおんでむくいる)
・徳をもって怨みを報ず(とくをもってうらみをほうず)
・敵に塩を送る(てきにしおをおくる)
「悪人は善人の仇」の語源・由来
このことわざは、だれとでもむやみに争わない善人でも、悪事を働く者だけは敵として許さない、という考えを短く言い表したものです。はっきりした一つの故事から生まれた故事成語ではなく、古くからある言葉どうしが結びついてできたことわざと見るのが自然です。
まず大事なのは、「仇」という語の意味です。「仇」は、ただ親のかたきを討つというような重い恨みの相手だけを指すのではありません。古くから「敵」「害をなすもの」という意味があり、このことわざでも、その広い意味で使われています。
しかも「仇」は、今では「あだ」と読むことが多い字ですが、「かたき」と読む言い方も昔から行われてきました。ことわざとしては「あくにんはぜんにんのかたき」と読む形が一般的ですが、「あだ」と読む形も伝わっています。
また、「善人」と「悪人」という言葉そのものも、かなり古くから日本語の中で使われてきました。「善人」は『日本霊異記』に見え、「悪人」は『今昔物語集』にも出てきますので、この二つの言葉の組み合わせ自体は、特別に新しいものではありません。
こうした古い語が土台にあるため、このことわざの言い方は、昔の人にも分かりやすかったはずです。善い人と悪い人を対にして考える見方は、説話や教えの中だけでなく、後の時代の庶民の言葉にもなじんでいきました。
江戸時代になると、その空気をうかがわせる似た言い方が、浄瑠璃『一谷嫩軍記(いちのたにふたばぐんき)』に出てきます。1751年(宝暦1年・江戸時代中期)初演のこの作品には、「悪人の友を捨てて善人の敵を招け」という、善人・悪人・敵をはっきり対立させた言い回しが見えます。
もちろん、だからといって「悪人は善人の仇」がその一句からそのまま生まれた、とまでは言えません。ただ、江戸時代にはすでに、善人と悪人を向かい合わせにし、善人は悪をしりぞけるべきだという考え方が、耳になじむ形で語られていたことは分かります。
このことわざの形が分かりやすいのは、「善人」と「悪人」という二つの立場を正面から並べ、その関係を「仇」の一字で言い切っているからです。ここでいう「仇」は、深い私怨よりも、「放っておけない相手」「害をなす相手」という意味合いが強く、道徳の線引きを表す言葉として働いています。
そのため、このことわざは、やさしい人がむやみに人を憎むという話ではありません。ふだんは温和でも、だまし、盗み、弱い者いじめのような悪事にはきっぱり向き合う、という善人の厳しさを言ったものです。
今でもこのことわざは、やさしい人ほど悪を見逃さない、という意味で読むと分かりやすいです。人あたりのよさと、悪事を許さない心とは別であり、むしろ本当に善い人だからこそ、悪い行いには目をつぶらないのだ、という教えが、この短い言葉にはこめられています。
「悪人は善人の仇」の使い方




「悪人は善人の仇」の例文
- 学級文庫の本を何度も持ち去る者が現れ、先生は悪人は善人の仇という言葉を思い出した。
- 町内会の募金をだまして集めた男の話を聞き、祖父は悪人は善人の仇ということわざを口にした。
- いつも穏やかな姉が、友人をだました相手には強く抗議し、まさに悪人は善人の仇だと感じた。
- 会社の金を私物化した元社員に対して、正直に働いていた人たちは悪人は善人の仇という思いを強くした。
- 高齢者をねらった詐欺事件の報道にふれ、悪人は善人の仇という言葉の重さをあらためて知った。
- 人を傷つけるうそを平気で広める者に向き合う場面では、悪人は善人の仇という言い方がよく当てはまる。























