【ことわざ】
商人は損と原価で暮らす
【読み方】
あきんどはそんともとでくらす
【意味】
商人は、損をした、原価で売っているなどと言いながら、実際には利益を得て暮らしているということ。商人の言う損や原価の話を、そのまま信じすぎてはならないというたとえ。


【英語】
・loss leader(客を集めるために赤字で売る品)
・at cost / at cost price(原価で、利益をのせずに)
【類義語】
・商人は損していつか倉が建つ(あきんどはそんしていつかくらがたつ)
・商人の元値(あきんどのもとね)
・商人の空値(あきんどのそらね)
・損と元値で蔵を建て(そんともとねでくらをたて)
【対義語】
・商いは正直が第一(あきないはしょうじきがだいいち)
・現金掛け値なし(げんきんかけねなし)
・正直の頭に神宿る(しょうじきのこうべにかみやどる)
「商人は損と原価で暮らす」の語源・由来
このことわざは、商人が売り言葉として口にする 損 と 原価 に目を向けた言い方です。ここでいう原価は、このことわざでは もと と読まれ、品物の仕入れ値や、もともとの値段を指す言葉として使われています。
いちばん大事なのは、商人が 損をした、原価だ と言う声そのものを、そのまま真実と受け取らないところにあります。意味は、損をしたように言いながら、実際には利益を得て暮らしている、という皮肉をこめたものです。
このことわざと近い仲間として、まず 商人の元値 があります。こちらは、商人のいう元値にはかけひきが多く、信用しがたい、という意味で、値段の言い方そのものへの不信をはっきり表しています。
もう一つ、よく知られた近い言い方に 商人は損していつか倉が建つ があります。こちらは、商人が損した損したと言いながら、いつのまにか金持ちになる、という意味で、損だという言葉と実際の豊かさの食い違いを描いています。
商人は損と原価で暮らす は、この二つの発想が合わさって、より短く鋭く言い表された形と考えると分かりやすいです。つまり、元値や原価を持ち出して客に語り、同時に 損だ とも言いながら、結局はその商いで生活している、という見方が一つにまとまった言い方です。
こうした言い回しが生まれた背景には、値段のつけ方や売り方に、今よりも強くかけひきが入りやすかった商いの文化があります。実際、現金掛け値なし という、値引きや掛け値をしない売り方そのものが特別な言葉として広まり、江戸の越後屋の商法として知られるようになりました。
このことからも、昔の商いでは、客の前で 原価だ、損だ と言うことが、売買の場になじんだ言葉だったと考えられます。だからこそ、それをそのまま信じるなという知恵が、ことわざの形で残ったのでしょう。
関連する古い形としては、損と元値で蔵を建て という言い方もあります。相馬愛蔵(そうま あいぞう)の『私の小売商道』には、1952年(昭和27年・戦後)の本の中で、昔風のかけひきとして 損と元値で蔵を建て 式の販売法という言い方が出てきます。
この例は、少なくとも1952年(昭和27年・戦後)には、損と元値を組み合わせた言い方が、説明なしでも通じるほど広まっていたことを示しています。今の 商人は損と原価で暮らす も、その同じ流れの中で使われてきた形と考えると自然です。
ただし、このことわざについて、たった一つの作品や事件から生まれた、と言い切れる型の由来ははっきりしません。むしろ、商人の元値、商人は損していつか倉が建つ、損と元値で蔵を建て のような近い言い方が重なり合い、商人の口上を半ばおかしく、半ば警戒して見る気持ちが、今の形にまとまったと考えるほうが自然です。
そのため、このことわざは、商売の知恵をほめる言葉というより、商人の言う 損 や 原価 をそのまま信用しない世間の目を映した言葉として読むのが中心になります。口では苦しいと言いながら、実際にはきちんともうけている、そのずれを短く言い当てた言葉なのです。
「商人は損と原価で暮らす」の使い方




「商人は損と原価で暮らす」の例文
- 安売り広告のたびに赤字だと騒ぐ店を見て、商人は損と原価で暮らすという言葉が浮かんだ。
- 仕入れ値ぎりぎりだと売り手が強調しても、商人は損と原価で暮らすというので、すぐには信じなかった。
- 口では儲からないと言いながら毎年店を広げる様子は、まさに商人は損と原価で暮らすである。
- 値引き交渉の席で相手が原価だと言い張っても、商人は損と原価で暮らすという見方も忘れてはならない。
- 祭りの屋台が 損して出している と宣伝していても、商人は損と原価で暮らすというたとえどおり、別の商品で利益を出していることもある。
- 商人は損と原価で暮らすというから、赤字という言葉だけで値打ちのある買い物だと決めつけるのは早い。























