【ことわざ】
縁の切れ目は子で繋ぐ
【読み方】
えんのきれめはこでつなぐ
【意味】
夫婦仲が冷え、別れそうになっても、子どもの存在が切れそうな夫婦の縁をつなぎとめるということ。


【英語】
・Children hold a marriage together(子どもが夫婦の結びつきを保つ)
【類義語】
・子は鎹(こはかすがい)
・子は夫婦の鎹(こはふうふのかすがい)
・子は縁繋ぎ(こはえんつなぎ)
「縁の切れ目は子で繋ぐ」の語源・由来
「縁の切れ目は子で繋ぐ」は、夫婦の仲が冷え、関係が切れそうになったときでも、子どもの存在がその縁をつなぎとめる、という生活上の実感から生まれたことわざです。「縁」は、人と人とのつながり、特に婚姻や親子・夫婦のつながりを表す言葉です。
「切れ目」は、続いていたものが途切れるところや、物事・関係が尽きる時を表します。そのため「縁の切れ目」は、夫婦の関係が終わりに近づく場面を、分かりやすく言い表したものです。
「繋ぐ」は、切れたり離れたりしているものを結びとめて離れないようにすること、また比喩的に関係を保つことを意味する言葉です。このことわざでは、子どもが夫婦の間を結びとめるものとして表されています。
ここでいう「子」は、親がもうけた子、つまり息子や娘を指します。夫婦二人の気持ちが離れかけても、子どもを大切に思う気持ちが共通して残るため、それが夫婦の縁を保つ力になるという考えです。
この考え方は、「子は鎹」ということわざと深く通じています。「鎹」は、もともと材木と材木をつなぎとめるために打ち込む、両端の曲がった大釘を指します。
「子は鎹」では、木と木を鎹がつなぎとめるように、子どもへの愛情が夫婦の間をつなぎ保つ、というたとえになっています。「縁の切れ目は子で繋ぐ」も、子どもが夫婦の縁をつなぎとめるという点で、同じ発想に立つ言葉です。
古い用例として、明治時代の歌舞伎『金看板侠客本店』(1883年初演)には、「里方へ帰らうと思ふ事は度々あれど、行くに行かれぬ我が子の鎹」という表現が出てきます。これは、実家へ帰ろうと思っても、子どもが夫婦の間をつなぐために離れられない、という内容です。
また、幸田露伴の『いさなとり』(1891年、明治時代)には、「子といふ鎹」という形が出てきます。この用例も、子どもを人と人との関係をつなぎとめるものにたとえる言い方が、近代の文章で使われていたことを示しています。
「縁の切れ目は子で繋ぐ」は、「子は鎹」よりも、夫婦の縁が切れそうになっている場面をはっきり表す言い方です。「鎹」という道具の比喩を使うかわりに、「縁」「切れ目」「繋ぐ」という日常的な言葉を組み合わせ、意味を直接に伝えています。
ただし、このことわざは、子どもを夫婦のための道具のように考えてよい、という意味ではありません。言葉の中心にあるのは、子どもへの愛情が、親である二人に関係を見直させるほど大きな力をもつ、という見方です。
現在では、夫婦のあり方や家族の形はさまざまです。そのため、このことわざは、すべての夫婦に当てはめる決まり文句としてではなく、子どもの存在が夫婦の関係に強く関わることを表す言葉として理解するとよいでしょう。
「縁の切れ目は子で繋ぐ」の使い方




「縁の切れ目は子で繋ぐ」の例文
- 離婚を考えていた夫婦が子どもの将来を思って話し合いを重ね、縁の切れ目は子で繋ぐ形になった。
- 夫婦仲は冷えていたが、子どもの入学式をきっかけに二人が歩み寄り、縁の切れ目は子で繋ぐといえる状況になった。
- 別居していた二人は、子どもの病気を機に協力するようになり、縁の切れ目は子で繋ぐという言葉を思い出させた。
- 親族は、子どもへの思いが夫婦の仲をつなぎとめた様子を見て、縁の切れ目は子で繋ぐものだと感じた。
- 家庭内の不和が続いても、子どもの笑顔が二人を引き合わせ、縁の切れ目は子で繋ぐ結果となった。
- 夫婦の関係が切れかけたとき、子どもの存在が話し合いのきっかけとなり、縁の切れ目は子で繋ぐことになった。
主な参考文献
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第二版』小学館、2000〜2002年。
・松村明監修、小学館大辞泉編集部編『大辞泉 第二版』小学館、2012年。
・北村孝一編『ことわざを知る辞典』小学館、2018年。
・集英社『imidas 会話で使えることわざ辞典』集英社。
・日本漢字能力検定協会『漢字ペディア』。
・『金看板侠客本店』1883年初演。
・幸田露伴『いさなとり』1891年。























