【故事成語】
壁を穿ちて書を読む
【読み方】
かべをうがちてしょをよむ
【意味】
貧しく不自由な暮らしの中でも、熱心に学問に励むこと。苦学すること。


【類義語】
・苦学力行(くがくりっこう)
・蛍雪の功(けいせつのこう)
「壁を穿ちて書を読む」の故事
「穿つ」とは、穴をあけることです。「壁を穿ちて書を読む」は、壁に穴をあけ、そこから差し込む光を頼りに書物を読んだという、前漢の匡衡(きょうこう)の逸話にもとづきます。
この逸話は、『西京雑記(せいけいざっき)』巻二に出てきます。『西京雑記』は、前漢の都であった長安をめぐる逸話や風俗などを集めた書物で、両晋南北朝の時期にまとめられたと考えられています。劉歆の撰、葛洪の撰などと伝わりますが、作者は明らかではありません。
匡衡は前漢の学者で、字(あざな)を稚圭(ちけい)といいました。『漢書(かんじょ)』(後漢、1世紀成立、班固著)には、代々農家の家に生まれ、家が貧しかったため、人に雇われて働きながら学問に必要な費用を得ていたと記されています。
『西京雑記』によると、若いころの匡衡はたいへん勉強熱心でしたが、家が貧しく、夜にともすろうそくを持っていませんでした。隣の家には明かりがあったものの、その光は匡衡の部屋までは届きませんでした。
そこで匡衡は、隣家との間の壁に小さな穴をあけました。原文には「穿壁引其光」とあり、壁をうがって隣家の光を引き入れ、そのわずかな明かりで書物を照らして読んだという意味です。
この場面が、「壁を穿ちて書を読む」という言葉の直接のもとになりました。十分な明かりがないからといって学問をあきらめず、自ら工夫して読書を続けた姿を表しています。
物語は、壁の穴から光を借りた話だけでは終わりません。同じ土地に多くの書物を持つ裕福な家があり、匡衡はその家に雇われて働きましたが、報酬を求めませんでした。
家の主人が理由を尋ねると、匡衡は、主人の書物をすべて読ませてほしいと願い出ました。その志に感心した主人は書物を与えて学びを助け、匡衡はやがて優れた学者になったとあります。
匡衡は、儒教の経典である『詩経(しきょう)』の解釈にも優れていました。当時の人々は、匡衡が『詩経』を語れば、難しいところもよく分かるようになると、その学識をたたえました。
この逸話では、貧しさに耐えることだけでなく、学ぶために自ら方法を探し、働くことも惜しまなかった姿が描かれています。そのため、この故事成語は、単に長時間勉強することではなく、恵まれない環境に負けずに学問を続けることを表します。
唐代には、『初学記(しょがくき)』(727年成立、徐堅ら編)にも、匡衡が壁を穿って隣家の光を引き、書物を読んだ話が引用されました。『初学記』は、古い書物に出てくる言葉や故事を分野別に集めた書物です。
また、『蒙求(もうぎゅう)』(唐、746年以前成立、李瀚著)には、「匡衡鑿壁(きょうこうさくへき)」という四字の形で収められています。『蒙求』は日本にも伝わり、平安時代以降、漢文や歴史上の故事を学ぶための入門書として広く読まれました。
日本語の古い用例には、『西鶴俗つれづれ(さいかくぞくつれづれ)』(1695年・江戸時代前期、井原西鶴作、北条団水編)にある「蛍をあつめ壁を穿ち勤学にいとまなく」があります。蛍の光で学んだ故事と、匡衡が壁を穿った故事とを並べ、絶えず学問に励む姿を表しています。
日本では、「壁を穿つ」という短い形でも、貧苦の中で学問をする意味に用いられました。「壁を穿ちて書を読む」は、壁に穴をあけた行為と、その光で読書した目的とをともに示す、分かりやすい形です。
こうして「壁を穿ちて書を読む」は、学ぶための道具や環境が整っていなくても、知恵と努力によって困難を乗り越え、勉学を続けることを表す故事成語となりました。貧しさを嘆いて立ち止まるのではなく、学ぶ道を自ら切り開く姿を伝えています。
「壁を穿ちて書を読む」の使い方




「壁を穿ちて書を読む」の例文
- 家計を助ける仕事の合間にも勉強を続けた彼の姿は、まさに壁を穿ちて書を読むというものだ。
- 祖父は、貧しかった少年時代に壁を穿ちて書を読む思いで学問に励んだ。
- 学用品が十分にそろわなくても、壁を穿ちて書を読む精神を忘れず、借りた本で勉強を続けた。
- 昼は工場で働き、夜は資格の勉強に励む彼女を、先生は壁を穿ちて書を読む努力だとたたえた。
- 困難な生活の中で研究を続けた学者の生涯は、壁を穿ちて書を読むという言葉を思わせる。
- 父は息子に、環境のせいにせず、壁を穿ちて書を読むほどの熱意をもって学ぶよう励ました。
主な参考文献
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第二版』小学館、2000〜2002年。
・福井重雅編『西京雑記・独断 新装版』東方書店、2024年。
・班固『漢書』後漢、1世紀成立。
・『西京雑記』両晋南北朝期成立。
・徐堅ほか編『初学記』727年。
・李瀚『蒙求』746年以前。
・井原西鶴作、北条団水編『西鶴俗つれづれ』1695年。























