【ことわざ】
壁に馬を乗りかける
【読み方】
かべにうまをのりかける
【意味】
だしぬけに行動を起こし、強引に物事を進めること。また、不意に難しい事態へ直面し、どうすればよいか分からず当惑すること。


【英語】
・rush headlong into something.(よく考えずに物事へ突き進む)
【類義語】
・藪から棒(やぶからぼう)
・横車を押す(よこぐるまをおす)
【対義語】
・石橋を叩いて渡る(いしばしをたたいてわたる)
「壁に馬を乗りかける」の語源・由来
「壁に馬を乗りかける」は、馬を壁に向かって乗り進めるという、無理のある姿をたとえにした言葉です。勢いよく進む馬の前に壁が立ちはだかれば、そのまま進むことはできません。
この不自然な取り合わせが、周囲の事情を考えず、だしぬけに物事を押し進める性急さを表します。一方、馬を壁へ進め、身動きが取れなくなる姿から、突然の難事にぶつかって当惑する意味も生まれました。
古い用例は、『傾城禁短気(けいせいきんたんき)』(1711年・江戸時代中期、江島其磧著)に出てきます。この作品は、遊里を背景に、人の振る舞いや男女の駆け引きを描いた浮世草子です。
その第五巻には、「今壁(カベ)に馬のりかけたやうに、『田舎へ行程に外へ頼め』と、是がまあいはるる場でござりますか」とあります。突然、無理な話を持ち出された人物が、その唐突さを「壁に馬を乗りかけたようだ」と言い表した場面です。
この用例では、相手が前触れもなく要求を突き付ける行為に重点があります。少なくとも1711年には、「壁に馬を乗りかける」が、だしぬけで強引な振る舞いを表すたとえとして文章で使われていました。
その九年後、近松門左衛門の浄瑠璃『井筒業平河内通(いづつなりひらかわちがよい)』(1720年・江戸時代中期)にも現れます。この作品は、享保5年3月に大坂の竹本座で上演されました。
第三段には、「されば其通、かべに馬乗かけ、誰をかうとのちゑもなし」とあります。ここでは、突然難しい状況へ追い込まれ、誰を選べばよいのか分からず、手立ても思い浮かばない様子を表しています。
『傾城禁短気』では、無理な要求を持ち出す側の性急さを表していました。それに対し、『井筒業平河内通』では、思いがけない難事に出会った側の当惑を表しています。
この二つの意味は、互いに離れたものではありません。壁へ馬を進めようとする側から見れば「無理押し」となり、その行為に巻き込まれる側から見れば「突然の出来事に困惑すること」となります。
表記には「壁に馬を乗りかける」と「壁に馬を乗り掛ける」があり、短く「壁に馬」ともいいます。いずれも、考える余裕を与えずに事を進めることと、そのために人が困り果てることを表します。
昭和9年(1934年)の帝国議会でも、「壁ニ馬ヲ乘リカケル迄行クコト」という形が使われています。江戸時代の作品に現れたこの言葉が、後には公的な議論の中でも、物事を強引なところまで進める意味で用いられました。
このように、「壁に馬を乗りかける」は、無理な方向へ勢いのまま馬を進める姿を通して、性急な行動とそれによって生じる当惑の両方を表すようになったことわざです。物事は周囲の事情や順序を考え、落ち着いて進めるべきだという戒めも含んでいます。
「壁に馬を乗りかける」の使い方




「壁に馬を乗りかける」の例文
- 校長が前触れもなく行事の日程を変更したため、先生たちは壁に馬を乗りかけるような決め方だと困惑した。
- 家族へ相談せずに引っ越しの準備を始めるとは、まるで壁に馬を乗りかけるような行動だ。
- 委員長は壁に馬を乗りかけるように議案を押し通そうとしたが、委員たちから反対された。
- 突然、会場が使えなくなり、祭りの実行委員会は壁に馬を乗りかけるような事態に当惑した。
- 取引先から明日までに設計を変えるよう求められ、担当者は壁に馬を乗りかける思いで対応策を探した。
- 社長が壁に馬を乗りかけるように新制度を導入したため、現場には大きな混乱が生じた。
主な参考文献
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第二版』小学館、2000〜2002年。
・松村明監修、小学館大辞泉編集部編『大辞泉 第二版』小学館、2012年。
・北村孝一編『ことわざを知る辞典』小学館、2018年。
・Diana Lea・Jennifer Bradbery編『Oxford Advanced Learner’s Dictionary, 10th Edition』Oxford University Press,2020.
・江島其磧『傾城禁短気』1711年。
・近松門左衛門『井筒業平河内通』1720年。
・『第六十五回帝国議会貴族院本会議録 第二十六号』1934年。























