【故事成語】
画工闘牛の尾を誤って牧童に笑わる
【読み方】
がこうとうぎゅうのおをあやまってぼくどうにわらわる
【意味】
実物や事情をよく知らずに物事を扱うと、専門家でも誤りを犯すこと。また、正式な学問を受けていなくても、その道を実際によく知る者からは教えられることが多いというたとえ。


【類義語】
・餅は餅屋(もちはもちや)
「画工闘牛の尾を誤って牧童に笑わる」の故事
「画工」は絵を描く人、「闘牛」は角を突き合わせて闘う牛、「牧童」は牛を飼う子どもを指します。絵の名人が闘牛の尾を誤って描き、牛を日々見ている牧童に間違いを指摘されたという話を、一つの言い方にまとめたものです。
この故事は、北宋の文人・蘇軾(そしょく)が書いた短文『書戴嵩画牛(しょたいすうがぎゅう)』に出てきます。この文章は、『東坡志林(とうばしりん)』巻九にも収められています。
題名にある戴嵩(たいすう)は、唐代の画家です。田園や川原の景色、とりわけ水牛を描くことに優れ、その姿や骨格を生き生きと表したことで知られていました。
物語の初めに、蜀(しょく)の地に住む杜という処士(しょし)が登場します。「処士」は、官職に就かず民間で暮らす人を指す言葉で、杜は多くの書画を集めていました。
杜の所蔵品の中には、戴嵩が描いた牛の絵が一軸ありました。杜はその絵を特に愛し、錦の袋に納め、玉で飾った軸を付けて、いつも自分のそばに置いていました。
ある日、杜が所蔵する書画を広げて日に干していると、一人の牧童が牛の絵を目にしました。牧童はそれを見るなり、手をたたいて大笑いしました。
牧童は、「これは闘う牛を描いた絵です。牛が闘うときは角に力を込めるので、尾は両方の後ろ足の間に引き込まれます。それなのに、この牛は尾を振り上げて闘っています。間違いです」と指摘しました。
杜は、身分の低い子どもの言葉として退けることなく、笑ってその指摘をもっともだと認めました。書画を愛する人であっても、実際の牛を毎日世話する牧童の観察には及ばなかったのです。
蘇軾は物語の末尾に、「耕すことは奴に問い、織ることは婢に問うべきである」という古い言葉を掲げています。農作業については耕作に携わる者に、機織りについては織る仕事に携わる者に尋ねるべきであり、この道理は変えられないという意味です。
この結びによって、故事の教えは絵の描き方だけにとどまりません。学識や名声のある人でも、自分が実際に経験していない事柄では誤ることがあり、その道を身をもって知る人から素直に学ぶことが大切だと説いています。
蘇軾の本文は、杜処士が笑って牧童の指摘を認めたところで話を結んでおり、その絵を焼いたり破ったりしたとは書いていません。物語の要点は絵の処分ではなく、経験に根ざした正しい意見を受け入れたことにあります。
日本では、『太平記(たいへいき)』(14世紀後半成立、室町時代の軍記物語)巻二十五に、この故事を踏まえた表現が出てきます。三種の神器について、大納言が神代の伝承に通じた神官へ尋ねる場面で、「画工闘牛の尾を誤て牧童に笑れたる事なれば」と述べ、その道をよく知る者の説明を正しいものとして聞こうとしています。
『太平記』の用例は、正式な学問や高い身分よりも、その事柄をよく知る人の言葉を重んじるという意味で、この故事が日本でも用いられていたことを示しています。現在の「誤って」という形のほか、「誤りて」とする言い方もあります。
こうして、「画工闘牛の尾を誤って牧童に笑わる」は、実物を十分に見ずに判断する危うさと、経験者の知恵に耳を傾ける大切さを、同時に教える故事成語となっています。
「画工闘牛の尾を誤って牧童に笑わる」の使い方




「画工闘牛の尾を誤って牧童に笑わる」の例文
- 動物を見ずに想像だけで生態図を描き、飼育員に誤りを指摘された画家は、画工闘牛の尾を誤って牧童に笑わるという教えを身をもって知った。
- 設計者が現場の職人の意見を軽んじて失敗した一件は、画工闘牛の尾を誤って牧童に笑わるの好例だ。
- 古文書の保存方法について、肩書より日々資料を扱う人の経験を重んじるべきだと、先生は画工闘牛の尾を誤って牧童に笑わるを引いて説いた。
- 料理人でも土地の食材の扱いでは農家から学ぶことがあり、画工闘牛の尾を誤って牧童に笑わるというものだ。
- 新製品の操作方法を決める際、開発者が利用者の指摘を無視すれば、画工闘牛の尾を誤って牧童に笑わることになりかねない。
- 祖父は、知識を誇る前に経験者へ尋ねよという意味で、画工闘牛の尾を誤って牧童に笑わると孫を戒めた。
主な参考文献
・小学館国語辞典編集部編『精選版 日本国語大辞典』小学館、2005〜2006年。
・公益財団法人日本漢字能力検定協会編『漢検 漢字辞典 第二版』日本漢字能力検定協会、2014年。
・松枝茂夫編『記録文学集 中国古典文学大系56』平凡社、1969年。
・蘇軾『書戴嵩畫牛』北宋。
・後藤丹治・釜田喜三郎校注『太平記 三 日本古典文学大系36』岩波書店、1962年。























