【ことわざ】
ああ言えばこう言う
【読み方】
ああいえばこういう
【意味】
人の意見や忠告に対して、いろいろと理屈を並べ、素直に従おうとしないこと。


【英語】
・He always contradicts you.(あの人は、こちらが何を言ってもいつも反論する)
【類義語】
・どう言えばこう言う(どういえばこういう)
「ああ言えばこう言う」の語源・由来
「ああ言えばこう言う」は、「ああ」と「こう」を向かい合わせた言い方です。「ああ」は、ここでは相手が述べた内容を指し、「こう」は、それに対して返す別の言い分を指します。相手が一つ言えば、すぐに別の理屈を返して受け入れない様子が、短い言葉の組み合わせによって表されています。
現在の形が現れる以前には、「どう言えばこう言う」に近い言い回しが使われていました。噺本(はなしぼん)の『やふにまくわ』(1718年・江戸時代中期)には、「といやこういふ」という形が記録されています。「何と言えば、また別のことを言う」という組み立てで、人の言葉にすなおに従わず、言い返す態度を表しています。
さらに、浄瑠璃(じょうるり)の『後三年奥州軍記(ごさんねんおうしゅうぐんき)』(1729年初演・江戸時代中期、並木宗助・安田蛙文作)には、「どういへはかういふ」という形が出てきます。その場面では、相手が筋の通らないことまで理屈に変えて言い張り、こちらの言葉を受け入れようとしない様子が表されています。現在の「ああ言えばこう言う」とほぼ同じ不満が、すでにこれに近い形にこめられています。
現在と同じ「ああ言えばこう言う」の形には、人情本(にんじょうぼん)の『春色雪の梅(しゅんしょくゆきのうめ)』(天保9年[1838]序・江戸時代後期、為永春雅作・為永春水閲)に早い用例があります。人情本は、町人の恋愛や人情のもつれなどを描いた、江戸時代後期の小説の一種です。
『春色雪の梅』の初編第二回では、「ああ云へばかう云ふ」という形に続いて、相手に言い返されるじれったさが述べられています。ここでは、単に会話の返事が多いという意味ではなく、何を言っても相手が理屈をつけて反発し、思うように話を進められないという意味で使われています。
このように、古い段階では「どう言えばこう言う」に近い形が用いられ、江戸時代後期になると、「ああ言えばこう言う」という現在と同じ形が現れます。「どう」は、どのように言っても相手が返してくるという広い言い方であり、「ああ」は、実際に相手へ向かって示された意見や忠告に対し、すぐに別の理屈を返す様子を、より会話に即して表す言い方となっています。
明治以後には、藤井乙男編『諺語大辭典』(1910年・明治43年、有朋堂書店刊)に「ああ言へばかう言ふ」の形で収められています。江戸の会話表現として現れた言い方が、ことわざとしてまとめられる段階に至ったことが分かります。
その後も、『今年竹』(大正8年~昭和2年、里見弴著)、『小川の流れ』(昭和4年、牧野信一著)、『疵だらけのお秋』(昭和6年、三好十郎著)、『停年退職』(昭和38年、源氏鶏太著)などに、この言い方が使われています。表記は「ああ言へばかう言ふ」「ああ云へば斯う云ふ」「ああいえばこういう」などと移り変わりましたが、相手が忠告や意見を受け入れず、反論ばかり返すという意味は一貫しています。
現在の「ああ言えばこう言う」には、言い返す人の口の達者さだけでなく、助言する側が「もう何を言っても聞き入れてもらえない」と困り、いらだつ気持ちも含まれます。相手の言葉に耳を傾けず、理由をつけて逆らい続ける態度を簡潔に言い表すことわざとして、定着しています。
「ああ言えばこう言う」の使い方




「ああ言えばこう言う」の例文
- 弟は片づけるように注意されてもああ言えばこう言うので、母はとうとう黙ってしまった。
- 練習方法を提案しても、彼はああ言えばこう言うばかりで、一歩も始めようとしなかった。
- 町内会で改善案を出すたびにああ言えばこう言う人がいて、話し合いがなかなか進まなかった。
- 部下はああ言えばこう言う態度を改め、まず助言を最後まで聞くようになった。
- 祖父は、ああ言えばこう言う前に一度相手の忠告を受け止めなさい、と孫を諭した。
- 友人が心配して声を掛けたのに、彼女はああ言えばこう言うため、周囲は困ってしまった。
主な参考文献
・小学館国語辞典編集部編『精選版 日本国語大辞典』小学館、2005〜2006年。
・近藤いね子・高野フミ編『プログレッシブ和英中辞典 第4版』小学館、2011年。
・北村孝一編『ことわざを知る辞典』小学館、2018年。
・佐竹秀雄・武田勝昭・伊藤高雄編、北村孝一監修『故事俗信ことわざ大辞典 第二版』小学館、2012年。
・藤井乙男編『諺語大辭典』有朋堂書店、1910年。
・『やふにまくわ』享保3年[1718]刊。
・並木宗助・安田蛙文『後三年奥州軍記』1729年初演。
・為永春雅作、為永春水閲『春色雪の梅』天保9年[1838]序。























