【故事成語】
衣食足りて礼節を知る
【読み方】
いしょくたりてれいせつをしる
【意味】
着るものや食べるものが十分にあってこそ、人は礼儀や節度をわきまえる余裕を持つようになるということ。


【英語】
・Money makes a man(金銭的な余裕が人の態度や品格を形づくる)
【類義語】
・倉廩実ちて礼節を知る(そうりんみちてれいせつをしる)
・衣食足りて栄辱を知る(いしょくたりてえいじょくをしる)
・恒産無き者は恒心無し(こうさんなきものはこうしんなし)
【対義語】
・人はパンのみにて生くるものにあらず(ひとはぱんのみにていくるものにあらず)
・武士は食わねど高楊枝(ぶしはくわねどたかようじ)
「衣食足りて礼節を知る」の故事
この故事成語は、中国古典の『管子(かんし)』「牧民(ぼくみん)」に由来します。『管子』は管仲(かんちゅう)の名に結びつけられて伝わる政治論集で、政治、経済、倫理などを広く扱う書物です。
管仲は、中国春秋時代の斉(せい)の政治家で、桓公(かんこう)を助けて国を強くした人物として知られています。国を治めるうえで、道徳を説くことだけでなく、人々の生活を安定させることを重く見た点が、この故事成語の背景にあります。
『管子』「牧民」には、「凡有地牧民者,務在四時,守在倉廩」という一節があります。国を治める者は、四季に応じた農の営みを大切にし、穀物を収める倉を守ることに努めるべきだ、という流れで語られます。
そのすぐ後に、「倉廩實則知禮節,衣食足則知榮辱」という言葉が続きます。倉に穀物が満ちれば人々は礼儀と節度を知り、衣服と食物が足りれば名誉と恥を知る、という意味です。
ここでいう倉廩(そうりん)は、穀物を収める倉を指します。栄辱(えいじょく)は、栄誉と恥辱、つまり名誉なことと恥ずべきことを表します。
原文では、「倉廩」が「礼節」と結びつき、「衣食」が「栄辱」と結びついています。日本語では、その考えを分かりやすくまとめる形で、「衣食足りて礼節を知る」という言い方が広く用いられるようになりました。
この言葉の中心は、ただ「豊かになれば礼儀正しくなる」と単純に言うことではありません。人々に礼儀や道徳を求める前に、まず食べること、着ること、安心して暮らすことの基盤を整える必要がある、という政治の考え方が土台になっています。
日本でも早くから、近い考え方が政治の言葉として使われました。『続日本紀(しょくにほんぎ)』(797年成立、奈良時代の史書)和銅7年(714年)二月辛卯の詔には、「人足衣食、共知礼節、身苦貧窮、競為姧詐」という一節が出てきます。衣食が足りれば人は礼節を知り、貧しさに苦しめば人は悪い行いに走りやすい、という意味に近い内容です。
この奈良時代の用例は、『管子』の考え方が日本でも政治や社会を考える言葉として受け取られていたことを示しています。生活の安定と心のゆとりを結びつける見方は、古代の政治文書の中でも重要な考え方として働いていました。
近代になると、この故事成語は政治だけでなく、文化や教育、社会生活を考える場面にも広がりました。夏目漱石(なつめそうせき)『戦後文界の趨勢』(1905年・明治38年)には、衣食が足りない状態で礼節を知ることは難しい、という趣旨の使い方が出てきます。
このように、「衣食足りて礼節を知る」は、古代中国の政治思想から生まれ、日本では古代から近代まで、生活の安定と心のあり方を結びつける言葉として受け継がれてきました。現在でも、家庭、学校、職場、社会制度などを考えるときに、まず人が安心して暮らせる土台を整えることの大切さを教える故事成語として使われます。
「衣食足りて礼節を知る」の使い方




「衣食足りて礼節を知る」の例文
- 災害の避難所では、まず食事と寝る場所を整えることが大切で、衣食足りて礼節を知るという考えがよく当てはまる。
- 生活が不安定な人に礼儀だけを厳しく求めるのは、衣食足りて礼節を知るという教えに反する。
- 社員が安心して働ける給与と休みを用意してこそ、衣食足りて礼節を知るように、職場の雰囲気も整う。
- 子どもたちが落ち着いて学ぶには、家庭や学校で基本的な生活が支えられる必要があり、衣食足りて礼節を知るといえる。
- 地域の支援活動では、説教よりも先に食料と住まいの不安を減らすことが重要で、衣食足りて礼節を知るの精神が生きている。
- 衣食足りて礼節を知るという言葉は、社会の秩序を考える前に、人々の暮らしの土台を見つめる大切さを教える。
主な参考文献
・松村明監修『大辞泉 第二版』小学館、2012年。
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第二版』小学館、2000〜2002年。
・円満字二郎編『故事成語を知る辞典』小学館、2018年。
・北村孝一編『ことわざを知る辞典』小学館、2018年。
・『管子』。
・菅野真道ほか編『続日本紀』797年。
・夏目漱石『戦後文界の趨勢』1905年。
・『旧約聖書』申命記、『新約聖書』マタイによる福音書。























