【ことわざ】
赤い信女が子を孕む
【読み方】
あかいしんにょがこをはらむ
【意味】
夫を亡くした女性が、その後に子を身ごもること。


「赤い信女が子を孕む」の語源・由来
このことわざの要となる「信女(しんにょ)」は、もともと仏教に帰依した在家の女性を表す言葉で、のちには女性の戒名(かいみょう:仏教で用いる名)の下に添える称号として用いられました。したがって、ここでいう「信女」は尼僧のことではなく、墓に刻まれた女性の戒名と結び付く言葉です。
「赤い信女」の「赤い」は、比喩ではなく、墓碑の文字に入れられた朱(しゅ)に由来します。古くは、夫に死なれた妻はほかの家へ嫁がずに暮らすものとされ、亡夫の石塔(せきとう:墓石)に自分の戒名も並べて刻み、生きている妻の名には朱を入れておく習慣がありました。このような妻を「赤い信女」または「赤信女」と呼びました。
生きているうちに、自分の死後のための仏事を行ったり、墓石に自分の戒名を刻んだりすることは、逆修(ぎゃくしゅ)と呼ばれます。その戒名を朱で示すことは「逆修の朱(ぎゃくしゅのしゅ)」といい、死者の名と、生きている人の名とを区別する働きをもちました。このことわざの「赤」は、女性の服装や性質ではなく、生きている人の名であることを示す、墓の文字の色なのです。
古い用例としては、九華抱玉編『折句式大成(おりくしきたいせい)』(1753年・江戸時代中期)に、「石塔の赤ひ信女がまた孕み」とあります。『折句式大成』は、雑俳(ざっぱい:言葉の機知を生かした短い句の文芸)の句を集めた書物であり、この用例は、墓石にまつわる習慣を知る人々の間で、「赤ひ信女」という言い方が通じていたことを示しています。
この句では、「石塔の」によって墓の場面が示され、「赤ひ信女」によって、亡夫の墓に朱入りの戒名を並べた、生きている妻が表されます。そして、「また孕み」によって、その女性がのちに子を身ごもったことが語られます。墓石の朱という具体的な習慣と、妊娠という出来事を一つに結び付けたところに、この言い方の成り立ちがあります。
この背景には、夫を亡くした女性は再婚せず、亡夫への操を守って暮らすものだという、当時の考え方がありました。そのため、亡夫の墓に自分の名を朱で刻んだ女性が子を身ごもることは、社会が求めた生き方に反する出来事として、厳しい目で受け取られました。
のちには、夫を亡くした女性に関することわざの一つとして、「石塔の赤い信女が子をはらみ」という形も扱われています。「赤い信女が子を孕む」は、古い句にあった石塔と朱の背景を「赤い信女」に含ませ、夫を亡くした女性が子を身ごもるという場面を言い切る形の表現です。
このことわざは、昔の墓の習慣を伝える一方で、夫を亡くした女性の生き方をとりわけ厳しく見た時代のまなざしも映しています。意味を学ぶときには、その歴史的な背景まで理解し、現代の人に向けて用いる言葉ではないということも、大切に受け止めたい表現です。
「赤い信女が子を孕む」の使い方




「赤い信女が子を孕む」の例文
- 郷土資料の講読会では、赤い信女が子を孕むという言葉が、昔の墓の習慣と結び付けて取り上げられた。
- 赤い信女が子を孕むという表現から、当時の女性に向けられた厳しい目を読み取った。
- 国語の授業で、赤い信女が子を孕むは、現代の人を評するために用いるべき言葉ではないと学んだ。
- 祖母の古いことわざ帳に、赤い信女が子を孕むという、今では耳慣れない言い方が記されていた。
- 学習発表では、赤い信女が子を孕むを、昔の墓のしるしと女性の生き方を背景にもつ表現として紹介した。
- 読書会のあと、赤い信女が子を孕むという言葉に表れた古い価値観について話し合った。
主な参考文献
・小学館国語辞典編集部編『精選版 日本国語大辞典』小学館、2005〜2006年。
・松村明監修、小学館大辞泉編集部編『大辞泉 第二版』小学館、2012年。
・渡辺友左『社会構造と言語の関係についての基礎的研究(三)』国立国語研究所、1968年。
・九華抱玉編『折句式大成』1753年。























