【故事成語】
垢を洗って痕を求む
【読み方】
あかをあらってきずをもとむ
【意味】
他人の小さな欠点や過失を、ことさらに探し出して非難すること。あら探しをすること。


【類義語】
・毛を吹いて疵を求む(けをふいてきずをもとむ)
「垢を洗って痕を求む」の故事
「垢」は、汗や脂、ほこりなどが混じり合い、皮膚の表面につく汚れのことです。「痕」は、この言葉では傷あとを指します。垢を洗い落とし、ふつうなら目立たない傷あとまで探し出すという姿が、相手の欠点を無理に見つけようとする態度のたとえになっています。
この言葉のもととなる表現は、中国の後漢に生きた趙壱の『刺世疾邪賦』にあります。この賦は、南朝宋の范曄が432年にまとめた『後漢書(ごかんじょ)』の「文苑列伝下・趙壱伝」に収められています。
『後漢書』には、趙壱が才を誇って人々と折り合わず、たびたび罪に問われ、友人に救われて死を免れたのち、世の中への憤りを述べるために『刺世疾邪賦』を作った、と記されています。この作品は、正しい人が遠ざけられ、権力者に取り入る者が重んじられる世のあり方を、鋭く批判した文章です。
その中に、「所好則鑽皮出其毛羽,所惡則洗垢求其瘢痕。」とあります。好む相手には、皮膚を掘って毛羽を出すほどまで、ほめる材料を作り出し、憎む相手には、垢を洗い落として傷あとを探すほどまで、責める材料を見つけ出すという意味です。
ここで問題にされているのは、相手の過ちを正しく確かめることではありません。先に好き嫌いを決め、嫌いな相手については、隠れている小さな欠点まで探し出して責めるという、不公平な見方が戒められています。
このたとえは、のちの時代にも、形を変えながら受け継がれました。『新唐書』「魏徵伝」には、「惡則洗垢索瘢」とあり、垢を洗って傷あとを探すという内容が、「洗垢索瘢」という引き締まった形で使われています。
また、金の劉祁『歸潛志』巻九には「洗垢求瘢」、元の孔文卿『東窗事犯』第四折には「洗垢尋痕」という形が出てきます。「瘢」も「痕」も傷あとを表す字であり、相手を責めるために隠れた欠点まで探すという意味が、異なる字形を伴いながら伝えられてきました。
日本語の「垢を洗って痕を求む」も、垢を洗い落として傷あとを探すという同じたとえによって、他人のあらをことさらに探し出す態度を表します。失敗を正すために必要な注意をすることではなく、相手を悪く言うために小さな欠点をほじくり出すことを戒める故事成語です。
「垢を洗って痕を求む」の使い方




「垢を洗って痕を求む」の例文
- 彼は企画の価値を認めず、小さな表記の誤りばかりを挙げて、垢を洗って痕を求むような批判を続けた。
- 弟の失敗をいつまでも数え上げるのは、垢を洗って痕を求む態度であり、家族の信頼を損なう。
- 一度の言い間違いだけを取り上げて友人を責めるのは、垢を洗って痕を求むに等しい。
- 祭りの運営全体は成功したのに、わずかな遅れだけを責め立てる声は、垢を洗って痕を求むものだった。
- 部下の努力を見ずに細かな失敗だけを探す上司は、垢を洗って痕を求むような評価をしている。
- 社会の問題を正しく論じるには、垢を洗って痕を求むような個人攻撃と、必要な批判とを分けなければならない。
主な参考文献
・白川静『普及版 字通』平凡社、2014年。
・小学館国語辞典編集部編『精選版 日本国語大辞典』小学館、2005〜2006年。
・中華民国教育部『重編國語辭典修訂本』臺灣學術網路第六版、2021年。
・范曄『後漢書』432年。























