【ことわざ】
熱火、子に払う
【読み方】
あつび、こにはらう
【意味】
危急の際には、自分を守ろうとする気持ちが極端に強まり、最愛の子に害を移してでも逃れようとするほどの利己心が現れることのたとえ。


【英語】
・Every man for himself(危急のとき、互いに助け合わず各自が自分の身を守ろうとする)
【類義語】
・熱火、子にかく(あつび、こにかく)
【対義語】
・焼け野の雉夜の鶴(やけののきぎすよるのつる)
「熱火、子に払う」の語源・由来
「熱火」は、熱い火、燃えさかって身に迫る烈火を表す言葉です。「熱火、子に払う」は、その火が自分にかかりそうになったとき、ふつうなら守るべきわが子の方へさえ火を払ってしまう、という強い場面から成り立っています。ここでは、親子の情そのものを軽んじるのではなく、命や身の安全が急に脅かされると、人間の自己保身が醜い形で現れることがある、という戒めが中心になっています。
古い用例として、『犬筑波集(いぬつくばしゅう)』(天文年間成立・室町時代、山崎宗鑑編)に、「あつ火をばげに子にかくる火榻哉」という句が出てきます。この作品は、室町時代の俳諧の連歌を集めたもので、当時世間に広まっていた句を多く採り入れた初期俳諧の重要な資料です。
この古い句では、現在よく使われる「払う」ではなく、「子にかくる」という形になっています。火の熱さを自分の側から避け、子の方へ移すような姿を、冬の句としてこっけいに表しながら、人が差し迫った熱さや危険を前にしたときの身勝手さを鋭くとらえています。
のちに、この表現は「子にかく」と「子に払う」の形を並べて伝えるようになりました。「払う」は、火の粉や炎を手でよける動作がはっきり分かる言い方で、現在の「熱火、子に払う」という形では、危険を自分から遠ざけるだけでなく、それを本来守るべき相手に移してしまう残酷さが、より直接的に伝わります。
このことわざのもとの場面は火の熱さですが、現在では、実際の火だけを指す言葉ではありません。自分の失敗や不利益を逃れるために、子ども、部下、友人など、弱い立場や守るべき立場の人へ責任を押しつける場面にも広く用いられます。つまり、具体的な「熱火」の場面から、人間の利己心を戒めることわざへと意味が広がった表現です。
「熱火、子に払う」の使い方




「熱火、子に払う」の例文
- 自分の不注意で割った皿を弟のせいにするのは、熱火、子に払うというものだ。
- 発表の準備を忘れた責任を班の友人に押しつける態度は、熱火、子に払うに近い。
- 上司が自分の判断ミスを新人の報告不足にして逃げるのは、熱火、子に払う行いだ。
- 混雑した避難口で幼い子を押しのけて自分だけ先に出ようとする姿は、熱火、子に払うそのものだ。
- 不正が見つかると協力者だけを責めて自分は知らぬ顔をする人に、熱火、子に払うという戒めが当てはまる。
- 大切な仲間を守るべき場面で責任を押しつけて逃げるなら、熱火、子に払うと批判されても仕方がない。
主な参考文献
・松村明監修、小学館大辞泉編集部編『大辞泉 第二版』小学館、2012年。
・小学館国語辞典編集部編『精選版 日本国語大辞典』小学館、2005〜2006年。
・山崎宗鑑編『犬筑波集』天文年間成立。
・北村孝一編『ことわざを知る辞典』小学館、2018年。
・Merriam-Webster『Merriam-Webster.com Dictionary』Merriam-Webster。























