【故事成語】
魚を争う者は濡る
【読み方】
うおをあらそうものはぬる
【意味】
利益を得ようとして争えば、それに伴う苦労や困難を避けられないこと。何かを得ようとする行為には、自然に生じる代償があるというたとえ。


【英語】
・No pain, no gain(苦労なくして成果なし)
・No gain without pain(苦労なくして利益なし)
【類義語】
・虎穴に入らずんば虎子を得ず(こけつにいらずんばこじをえず)
【対義語】
・濡れ手で粟(ぬれてであわ)
「魚を争う者は濡る」の故事
この故事成語は、中国の道家書『列子(れっし)』に出てくる「爭魚者濡」という言い方にもとづいています。『列子』は八編から成る思想書で、現行本は前漢末から晋代にかけて成立したといわれ、故事・寓言・神話を多く含んでいます。
もとの文は、『列子』の「説符」篇に出てきます。そこには「爭魚者濡,逐獸者趨,非樂之也」とあり、魚を争う者は濡れ、獣を追う者は走るが、それは好きでそうしているのではない、という意味です。
この一節の前には、白公が孔子に「人とひそかな話をしてよいか」と問う場面があります。孔子は、言葉の意味を本当に知る者は、言葉だけで言葉を伝えるのではない、という考えを示します。
その流れの中で、「魚を争う者は濡る」というたとえが置かれています。魚を得ようとして水辺へ入り、人と取り合えば、体や衣服が濡れるのは避けにくいことです。
同じ一節の「逐獸者趨」は、獣を追う者は走るという意味です。魚を争えば濡れ、獣を追えば走るという二つの例を並べ、ある目的に向かう行動には、それに伴う結果が自然についてくることを示しています。
この言い方の重点は、ただ「濡れるのがいやだ」という話にあるのではありません。利益や目的を得ようとするとき、その行為そのものが苦労や不便を連れてくる、という筋道を短く表しています。
『列子集釈』では、この箇所に「自然之勢自應濡走」と注が付きます。魚を争えば濡れ、獣を追えば走るのは、行為の性質から自然にそうなる、という説明です。
また同じ箇所の解には、「魚在於水,爭之者濡;獸走於野,逐之者趨」とあります。魚は水におり、それを争う者は濡れ、獣は野を走るので、それを追う者も走る、という形で、たとえの仕組みをはっきり示しています。
この発想に近い言い方は、『呂氏春秋』「舉難」にも出てきます。そこには「救溺者濡,追逃者趨」とあり、溺れた人を救う者は濡れ、逃げる者を追う者は走る、という形で、目的に伴う苦労を表しています。
さらに『淮南子』「道應訓」にも、「爭魚者濡,逐獸者趨,非樂之也」と同じ形の句が出てきます。これにより、「魚を争う者は濡る」に当たる発想が、古い中国思想書の中で繰り返し用いられていたことが分かります。
日本語の「魚を争う者は濡る」は、この漢文の「爭魚者濡」を読み下した形です。古い漢籍の短い句をもとに、利益を争えば身を苦しめることになる、という教えとして定着しました。
現在では、魚を実際に取り合う場面だけでなく、商売上の利益、地位、賞、取り分などを争う場面にも使います。得をしようとして争うほど、費用・疲労・対立などの負担を背負いやすいという戒めを表す故事成語です。
「魚を争う者は濡る」の使い方




「魚を争う者は濡る」の例文
- 販売権をめぐって二社が長く争い、裁判費用まで膨らんだのは、魚を争う者は濡るの例といえる。
- 兄弟が遺産の取り分を争った結果、家族の関係まで悪くなり、魚を争う者は濡ることになった。
- 人気商品の独占販売を狙った店は、競合店との値下げ合戦に巻き込まれ、魚を争う者は濡る思いをした。
- 優勝賞品を得ようとして反則ぎりぎりの作戦に出れば、魚を争う者は濡るように信用を失うおそれがある。
- 土地の利益をめぐる争いは長引き、関係者全員が疲れ果て、魚を争う者は濡る結果となった。
- 目先の得を取り合う前に、魚を争う者は濡るという教えを思い出すべきだ。
主な参考文献
・北村孝一編『ことわざを知る辞典』小学館、2018年。
・小林信明著『新釈漢文大系22 列子』明治書院、1967年。
・楊伯峻撰『列子集釈』中華書局、1979年。
・『列子』。
・『淮南子』。
・『呂氏春秋』。























