【故事成語】
竽を好むに瑟を鼓す
【読み方】
うをこのむにしつをこす
【意味】
相手が好むものとは違うことをして、目的に合わない働きかけをするたとえ。


「竽を好むに瑟を鼓す」の故事
「竽を好むに瑟を鼓す」は、唐代中期の文学者・思想家である韓愈(768〜824年)が、陳商に送った手紙『答陳商書(ちんしょうにこたうるのしょ)』に出てくるたとえ話にもとづきます。
「竽(う)」は、竹管を並べた中国の管楽器で、大型の笙(しょう)に当たります。一方、「瑟(しつ)」は、多くの弦を張り、琴や箏(そう)のように弾いて音を出す中国の楽器です。
ここでいう「鼓す」は、太鼓だけを打つことではありません。琴などの楽器を弾き鳴らす意味があるため、「瑟を鼓す」は、瑟を演奏することを表します。
『答陳商書』の初めで、韓愈は、陳商から届いた文章について、言葉は高尚で意味は深いものの、三、四度読んでも理解できなかったと述べています。そのうえで、陳商の文章と世間との隔たりを説くため、斉(せい)の王と二つの楽器をめぐる話を示します。
斉の王は、竽の音を好んでいました。ところが、斉に仕えて官職を得ようとしたある人物は、王の好む竽ではなく、瑟を携えて王宮の門へ向かいました。
その人物は門前に立ち、瑟を演奏し続けました。しかし、三年が過ぎても、王に会うために門の中へ入れてもらえませんでした。
人物は、自分の瑟の演奏には鬼神を動かすほどの力があり、古くからの正しい音律にもかなっていると誇りました。つまり、演奏の腕前そのものには、大きな自信をもっていたのです。
すると、王のそばにいた者が、「王は竽を好んでいるのに、あなたは瑟を弾いている。どれほど巧みでも、王が好まないのではどうしようもない」と責めました。
韓愈は、この人物を「瑟には巧みだが、斉に仕えることを求める方法には巧みでない」と評しています。能力が不足していたのではなく、その能力を示す相手と方法を取り違えていたのです。
韓愈がこの話を持ち出したのは、陳商の文章を単に下手だと非難するためではありません。文章がどれほど優れていても、世の人が受け入れにくい書き方をしながら、世に認められて官職を得ようとするのは、竽を好む王の前で瑟を弾くようなものだと説いたのです。
この故事の要点は、相手に気に入られるためなら、何でも迎合すべきだということではありません。目的を果たそうとするなら、相手が何を求めているかを知り、自分の力が正しく伝わる方法を選ぶ必要があるという教えです。
元代に成立した韻書兼類書『韻府群玉(いんぷぐんぎょく)』には、この話が「好竽鼓瑟」というまとまった形で収められています。元統2年、1334年の刊本も伝わっており、韓愈のたとえが、後代には簡潔な表現として定着していたことが分かります。
日本語の「竽を好むに瑟を鼓す」は、原文の「王好竽而子鼓瑟」、すなわち「王は竽を好むのに、あなたは瑟を弾く」という部分を、短い言い方に整えたものです。そこから、相手の好みや求めるものに合わない行動をするたとえとして、使われるようになりました。
「竽を好むに瑟を鼓す」の使い方




「竽を好むに瑟を鼓す」の例文
- 甘い物が苦手な友人に大きなケーキを贈るのは、竽を好むに瑟を鼓すというものだ。
- 顧客が簡潔な案を求めているのに、派手な装飾ばかり提案しては、竽を好むに瑟を鼓すことになる。
- 昆虫好きの弟に、贈る側の好みだけで野球道具を選んだのでは、竽を好むに瑟を鼓すに等しい。
- 初心者ばかりの講習会で専門用語を並べ立てる説明は、竽を好むに瑟を鼓すになりかねない。
- 住民が静かな公園を望んでいるのに、大型の遊具施設を計画するのは、竽を好むに瑟を鼓すような施策だ。
- 応募先が求める能力を考えず、関係のない実績ばかり強調しても、竽を好むに瑟を鼓すに終わる。
主な参考文献
・小学館国語辞典編集部編『精選版 日本国語大辞典』小学館、2005〜2006年。
・平凡社編『改訂新版 世界大百科事典』平凡社、2007年。
・韓愈『答陳商書』唐代。
・韓愈『昌黎先生集』巻十八。
・陰時夫撰、陰中夫編注『韻府群玉』元代、元統2年刊本、1334年。























