【故事成語】
屋烏の愛
【読み方】
おくうのあい
【意味】
人を深く愛するあまり、その人に関係する人や物にまで愛情が及ぶことのたとえ。


【英語】
・Love me, love my dog(私を愛するなら、私に関わるものも受け入れてほしい)
【類義語】
・愛、屋烏に及ぶ(あい、おくうにおよぶ)
・惚れた欲目(ほれたよくめ)
「屋烏の愛」の故事
「屋烏(おくう)」は、家の屋根にとまっている烏を指します。この故事成語は、人を深く愛すれば、その人の家に直接関係のない烏まで愛おしく思うようになるという、古代中国のたとえから生まれました。
もとになった言葉は、『説苑(ぜいえん)』(前漢、劉向編)の「貴徳」にあります。『説苑』は、君主や臣下の心得を説く故事や逸話を集めた全二十巻の書物で、古い物語を通して儒教の教えを伝えています。
物語の舞台は、周の武王が殷を破った直後です。武王は太公に、殷に仕えていた人々をどのように扱えばよいかと尋ねました。すると太公は、「人を愛する者は、その人の家の屋根にいる烏まで愛し、人を憎む者は、その人に仕える者まで憎むと聞いております」と答え、敵方の者を残さず処罰する案を示しました。
原文には、「愛其人者、兼屋上之烏」とあります。「その人を愛する者は、屋根の上の烏をもあわせて愛する」という意味です。愛情や憎しみは、その相手だけにとどまらず、周囲の人や物にまで及ぶという人間の心の動きを、屋根の烏にたとえています。
ただし、この言葉が出てくる場面では、太公の厳しい意見がそのまま採用されたわけではありません。武王は太公の案を退け、罪のある者だけを罰するという召公の案にも同意しませんでした。最後に周公が、人々をもとの家に住まわせ、もとの田を耕させ、仁の心で接するよう進言すると、武王は、天下を安らかにする広大な考えだと称賛しました。
この故事の中では、「愛する者に関係するものまで愛する」という言葉と、「憎む者に関係するものまで憎む」という言葉が対になっています。後の時代には、そのうち愛情を表す前半が独立し、深い愛情が周囲へ広がることのたとえとして用いられるようになりました。
同じ言葉は、『尚書大伝(しょうしょたいでん)』の「大戦篇」にも、「愛人者、兼其屋上之烏」という形で伝わっています。この一節をもとに、中国では「愛屋及烏」、日本では「愛、屋烏に及ぶ」「愛は屋上の烏にも及ぶ」などの言い方も生まれました。
日本語の「屋烏の愛」という形は、『椿説弓張月(ちんせつゆみはりづき)』(1807~1811年・江戸時代後期、曲亭馬琴著)に、「ますます屋烏の愛を蒙ることあらは」と出てきます。ここでは、相手からますます深い愛情を受けるという意味で使われており、古代中国の言葉が、日本語の名詞的な表現として定着していたことが分かります。
「惚れた欲目」は、好きな相手自身を実際以上によく思うことを表します。それに対して、「屋烏の愛」は、愛する相手だけでなく、その人に関係する周囲の人や物まで愛おしく思う点に特色があります。
現在では、恋愛に限らず、家族、友人、恩師などを大切に思うあまり、その人の故郷や持ち物、親しい人々まで好ましく思う場面にも用います。愛情が一人の相手から、その人を取り巻くものへ広がっていく様子を、屋根にとまる一羽の烏によって鮮やかに表した故事成語です。
「屋烏の愛」の使い方




「屋烏の愛」の例文
- 姉は親友を大切に思うあまり、その親友の家族にも屋烏の愛を注いでいる。
- 祖父の故郷を訪れると、屋烏の愛から町の古い風景まで懐かしく思えた。
- 恩師を敬う彼は、屋烏の愛で先生が愛読した本も大切にしている。
- 母は娘の友人たちを屋烏の愛で迎え、いつも温かい食事を用意した。
- 彼女は好きな作家への屋烏の愛から、その作家が好んだ音楽にも興味をもった。
- 屋烏の愛というように、弟をかわいがる祖母は、弟の飼っている犬まで深く愛している。
主な参考文献
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第二版』小学館、2000~2002年。
・松村明監修、小学館大辞泉編集部編『大辞泉 第二版』小学館、2012年。
・北村孝一編『ことわざを知る辞典』小学館、2018年。
・劉向編、高木友之助訳『説苑』明徳出版社、1969年。
・伏勝撰と伝える『尚書大伝』漢代。
・曲亭馬琴『椿説弓張月』1807~1811年。























