【ことわざ】
沖にも付かず磯にも付かず
【読み方】
おきにもつかずいそにもつかず
【意味】
頼って身を寄せる所がないこと。また、二つの立場のどちらにも決められず、中途半端な状態にあること。


【英語】
・sit on the fence(二つの選択肢のどちらを取るか決めずにいる)
【類義語】
・波にも磯にも着かず(なみにもいそにもつかず)
・磯へも沖へも着かず(いそへもおきへもつかず)
・沖にも付かず磯にも離る(おきにもつかずいそにもはなる)
「沖にも付かず磯にも付かず」の語源・由来
「沖にも付かず磯にも付かず」は、舟などが沖へも進まず、岸近くの磯へも寄り着かない情景を、人の不安定な立場に重ねたことわざです。沖にも磯にも落ち着けなければ、身を寄せる所がなく、水の上をただ漂うことになります。そこから、頼る所がないことや、二つの立場のどちらにも属さず、中途半端な状態にあることを表すようになりました。
このことわざにつながる最古級の表現は、『平家物語(へいけものがたり)』(13世紀前半成立、作者未詳)巻第七「一門都落」に出てきます。そこには、「なまじいに一門にははなれ給ひぬ、波にも磯にもつかぬ心地ぞせられける」とあります。現在の形では「沖」といいますが、この古い用例では「波」と「磯」を対にしています。
この場面で「波にも磯にもつかぬ」と表された人物は、平清盛の弟である平頼盛です。平家一門が都を離れるなか、頼盛は、母の池禅尼がかつて源頼朝の命を救った縁を頼り、一門と行動を共にせず、都へ戻りました。しかし、平家から離れた一方で、源氏の人々が皆、自分を守ってくれるとは限りません。そのため、どちらにも完全には身を寄せられない頼盛の心細さが、波にも磯にも着かない状態にたとえられています。
『平家物語』の用例では、単に優柔不断な態度を表しているのではありません。一方との結び付きを断ちながら、もう一方からも十分な保護を得られるか分からないという、頼る所のない境遇を表しています。この「身の置き所がない」という意味が、ことわざの古い核となっています。
その後、『太平記(たいへいき)』(14世紀後半成立、作者未詳)巻第二十八には、「澳にも不著磯にも離たる心地して、進退歩を失へり」とあります。「澳」は、ここでは「沖」を表し、沖にも着かず、磯からも離れた心地で、進むことも退くこともできなくなったという意味です。
『太平記』の場面では、吉野の朝廷と武家との間で進退に窮した状態が、この表現によって描かれています。「沖にも付かず磯にも離る」という形には、沖にもたどり着かず、磯からも離れてしまったため、帰る所も進む先も失ったという切迫した意味があります。
中世の『平家物語』では「波にも磯にもつかぬ」、『太平記』では「沖にも付かず磯にも離る」とあり、使われる言葉や結び方に違いがあります。しかし、いずれも、水上で落ち着く所を失った姿によって、人がどちらの側にも身を寄せられない状態を表しています。
江戸時代には、近松門左衛門の浄瑠璃(じょうるり)『嵯峨天皇甘露雨(さがてんのうかんろのあめ)』(1714年・江戸時代中期、近松門左衛門作)に、「討れもせず添はれもせず、礒へも沖へもよるべなき憂き身は」とあります。討たれることもなく、思う相手に添うこともできず、磯にも沖にも頼る所がない身の上を嘆いた言葉です。
この用例では、「磯へも沖へも着かず」という近い形によって、どちらの結果にも至らない中途半端な境遇が表されています。中世に強かった「頼る所がない」という意味に加え、二つの可能性のどちらも実現しないという意味が、よりはっきりと表れています。
このように、古い文献では「波にも磯にも着かず」「沖にも付かず磯にも離る」「磯へも沖へも着かず」など、いくつかの形が使われてきました。現在の「沖にも付かず磯にも付かず」も、この一連の言い回しと同じく、沖と磯のどちらにも落ち着けない状態を表します。
もとは、どちらの側からも守られず、身の置き所を失った心細い境遇を表す言葉でした。そこから、二つの立場の間で態度を決められないことや、どちらにも属さない中途半端な状態を表すことわざとして用いられるようになりました。
「沖にも付かず磯にも付かず」の使い方




「沖にも付かず磯にも付かず」の例文
- 二つの政党の間で態度を決めない議員は、沖にも付かず磯にも付かずの立場に置かれた。
- 転職するとも会社に残るとも決められず、彼は沖にも付かず磯にも付かずの状態が続いている。
- 両方の友人に都合のよい返事ばかりしていると、沖にも付かず磯にも付かずになり、どちらからも信用されなくなる。
- 計画を進めることも中止することもできず、会議は沖にも付かず磯にも付かずのまま終わった。
- どちらの案にも賛成せず、自分の意見も示さない彼の態度は、沖にも付かず磯にも付かずだった。
- 古い制度を残しながら新しい制度も徹底しなかったため、改革は沖にも付かず磯にも付かずの結果となった。
主な参考文献
・小学館国語辞典編集部編『精選版 日本国語大辞典』全3巻、小学館、2005〜2006年。
・Colin McIntosh編『Cambridge Advanced Learner’s Dictionary 第4版』Cambridge University Press、2013年。
・『平家物語』13世紀前半成立。
・『太平記』14世紀後半成立。
・近松門左衛門『嵯峨天皇甘露雨』1714年。























