【落ち武者は薄の穂にも怖ず】の意味と使い方や例文!語源由来は?(類義語)

落ち武者は薄の穂にも怖ず

【ことわざ】
落ち武者は薄の穂にも怖ず

【読み方】
おちむしゃはすすきのほにもおず

【意味】
恐怖にとらわれていると、何でもないものまで恐ろしく感じられることのたとえ。

ことわざ博士
心が恐れに支配されると、実際には危険でないものまで敵や脅威のように感じるというたとえだよ。
助手ねこ
失敗や追及を恐れて神経をとがらせ、ささいな物音や出来事にもおびえる場面に用いるニャン。

【類義語】
・疑心暗鬼を生ず(ぎしんあんきをしょうず)
・木にも萱にも心を置く(きにもかやにもこころをおく)
・幽霊の正体見たり枯れ尾花(ゆうれいのしょうたいみたりかれおばな)

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「落ち武者は薄の穂にも怖ず」の語源・由来

ことわざを深掘り

「落ち武者」は、戦いに敗れ、戦場から逃げてゆく武者を指します。「薄の穂」は、秋に伸びるすすきの花穂で、風を受けると細かく揺れ動きます。

このことわざは、追手を恐れながら逃げる落ち武者が、風に揺れるすすきの穂を見ただけでも、敵が潜んでいるのではないかとおびえる姿を表したものです。危険そのものではなく、恐怖に包まれた心が、何でもないものを危険に見せるところに、この言葉の要点があります。

末尾の「怖ず」は「おず」と読み、「おじる」の文語形です。「怖がらない」という否定の意味ではなく、「恐れる」「怖がる」という意味を表します。

中世の落ち武者は、敵軍の追跡だけを警戒すればよかったわけではありません。戦乱の時代には武器を持つ農民もおり、敗走する武者が、武具や金品を奪おうとする人々に襲われることもありました。

そのため、落ち武者は人影や物音、草木の動きにまで注意を向けなければなりませんでした。すすきの穂のわずかな揺れにも敵の気配を感じるという表現は、こうした切迫した状況を背景に生まれたものです。

文献上の初出例として挙げられるのは、狂言『空腕(そらうで)』に出てくる「落武者は薄の穂にもおづる」という言葉です。現在の「怖ず」とは形が少し異なりますが、「落ち武者はすすきの穂にさえおびえる」という意味は同じです。

『空腕』は、慶長15年(1610年・江戸時代初期)に東本願寺で上演された記録があり、それ以前に形作られていた狂言です。大蔵流では古くから演じられ、現在も大蔵流と和泉流に伝わっています。

この言葉を伝える大蔵虎寛本は、寛政4年(1792年・江戸時代後期)に大蔵虎寛が筆録した狂言台本で、百六十五番を収めています。台本が書き留められた年代は江戸時代後期ですが、『空腕』という演目そのものは、それよりはるか以前から演じられていました。

『空腕』では、日ごろ武勇を自慢している太郎冠者が、主人から夕暮れの使いを命じられます。ところが実際にはたいへん臆病で、道端の杭や影、ささいな物音を人や敵と取り違え、何度もおびえます。

主人が後ろから太郎冠者を扇で打って太刀を取り上げると、太郎冠者は敵に襲われたと思って気を失います。息を吹き返したあとも胸の動悸が収まらず、わずかなことに驚く自分の状態を、落ち武者がすすきの穂にもおびえる姿になぞらえます。

この場面では、いつもは勇ましいことを言う太郎冠者が、実際には何でもないものを恐れるという落差が、笑いを生み出しています。同時に、恐れる心が強いほど、目に映るものや耳に入る音まで恐ろしく思えてくるという、人の心理も的確に表しています。

江戸時代前期の俳諧書『毛吹草(けふきぐさ)』(1645年刊、松江重頼編)には、「秋風に露や落武者薄のほ」という句も収められています。これはことわざそのものではありませんが、落ち武者と秋風に揺れるすすきの穂とを結び付ける表現が、早くから用いられていたことを示しています。

このことわざには、「落ち武者は薄の穂に怖ず」「落ち武者は薄の穂に怖じる」「落人は薄の穂にも恐る」などの形もあります。「落ち武者」と「落人」、「怖ず」と「恐る」が入れ替わっても、恐怖のために何でもないものまで怖くなるという意味は変わりません。

後には、実際の落ち武者についてだけでなく、心配や恐怖を抱えた人が、ささいな出来事にも過敏に反応することを表す言葉として広まりました。恐れが現実以上に危険を大きく見せるという、人の心の働きを戒めることわざです。

「落ち武者は薄の穂にも怖ず」の使い方

健太
図書室の本をなくしたと思って、先生が教室に入ってくるたびに、ぼくを呼びに来たのかとどきどきしたよ。
ともこ
でも、その本は家の机の引き出しで見つかったんでしょう?
健太
うん。落ち武者は薄の穂にも怖ずで、廊下の足音まで、本のことで注意される合図に聞こえたんだ。
ともこ
見つかってよかった! 今度から返す本は手提げ袋に入れておこう。
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「落ち武者は薄の穂にも怖ず」の例文

例文
  • 宿題を出し忘れた彼は、先生が名簿を開くたびに、落ち武者は薄の穂にも怖ずの思いだった。
  • 花瓶を割ったことを言い出せず、母の足音にもおびえる弟は、まさに落ち武者は薄の穂にも怖ずである。
  • 大切な書類を紛失したと思い込み、電話が鳴るたびに身構える姿は、落ち武者は薄の穂にも怖ずそのものだった。
  • うそが知られるのを恐れているため、友人の何気ない質問にも、落ち武者は薄の穂にも怖ずのように慌てている。
  • 一度ひどい雷雨に遭ってから、遠くの物音にも落ち武者は薄の穂にも怖ずとなり、空を見上げるようになった。
  • 秘密の計画が漏れたのではないかと疑い、普通の連絡にも驚くとは、落ち武者は薄の穂にも怖ずというものだ。

主な参考文献

・小学館国語辞典編集部編『精選版 日本国語大辞典』小学館、2005〜2006年。
・北村孝一編『ことわざを知る辞典』小学館、2018年。
・集英社辞典編集部編『会話で使えることわざ辞典』集英社、1989年。
・笹野堅校訂『能狂言 大蔵虎寛本』岩波書店、1942〜1945年。
・稲田秀雄「狂言『空腕』考」『山口県立大学国際文化学部紀要』第11号、2005年。
・松江重頼編『毛吹草』1645年。


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