【ことわざ】
楽屋で声を嗄らす
【読み方】
がくやでこえをからす
【意味】
いくら骨を折っても人に認められないこと、また無駄骨を折ることのたとえ。


【英語】
・all for nothing.(すべて無駄に終わる)
【類義語】
・空家で声嗄らす(あきやでこえからす)
・骨折り損のくたびれ儲け(ほねおりぞんのくたびれもうけ)
・徒労(とろう)
【対義語】
・濡れ手で粟(ぬれてであわ)
「楽屋で声を嗄らす」の語源・由来
「楽屋で声を嗄らす」は、舞台に立つ前の場所で力を使い果たし、観客に聞かせるべき本番では声を生かせないという、芸能の世界の情景をもとにしたことわざです。「楽屋」は、劇場や寄席などの舞台裏で、出演者が支度をしたり休息を取ったりする部屋を指します。
「楽屋」という言葉には、もともと雅楽で楽人が演奏する場所、また、舞人が装束を着けたり休んだりする場所という意味もあります。『宇津保物語』(970〜999年ごろ成立、平安時代中期)には、「楽人ども、がくやの遊びの人も遊びやみて」という用例があり、古くから芸能に関わる内側の場所を表す言葉として使われていました。
のちに「楽屋」は、劇場や演奏場で、出演者が化粧をしたり衣装をつけたり、出番の前後に休んだりする舞台裏の部屋を表すようになります。『太平記』(14世紀後半成立、南北朝時代)にも、装束を持たせて「楽屋へ行ける」という形が出てきます。
「嗄らす」は、声をかすれさせるという意味です。つまり「声を嗄らす」とは、声がかすれるほど強く言ったり、長く声を出し続けたりすることを表します。
このことわざでは、努力する場所が「舞台」ではなく「楽屋」である点が大切です。人に聞かせるべき本番を前に、舞台裏で声を使いすぎてしまうため、せっかくの努力が肝心なところで役に立たないという見立てになっています。
古い用例として重要なのは、『傾城禁短気(けいせいきんたんき)』(1711年・江戸時代中期、江島其磧作、西川祐信画)です。この作品は、八文字屋本の浮世草子で、六巻六冊から成り、遊里を背景とする人間模様ややりとりを描いています。
『傾城禁短気』には、「最前の言合せも、正真の楽(ガク)やで声をからしてのけ」という形が出てきます。ここでは、前もって言い合わせた苦労が表では十分に生きず、裏側で声を費やしただけになるという意味合いで用いられています。
同じ『傾城禁短気』には、「楽屋」を物事の内情や内幕という意味で用いた例もあります。舞台の表側と裏側とを分けて考える感覚が、近世の言葉の中に生きていたことが分かります。
「楽屋で声を嗄らす」は、単に失敗することを表す言い方ではありません。努力はしているものの、その努力を向ける場所や時機がずれているため、人に認められず、成果にもつながらないところに意味の芯があります。
そのため現在では、準備や内輪の相談に力を使いすぎて本番で力を出せない場合や、一生懸命働きかけても相手に届かず、評価されない場合に使われます。舞台裏で声を使い果たすという具体的な姿が、報われない努力のむなしさを分かりやすく伝えています。
「楽屋で声を嗄らす」の使い方




「楽屋で声を嗄らす」の例文
- 発表前の細かな相談だけで疲れ切り、本番で説明できなかったのは、楽屋で声を嗄らすようなものだ。
- 内輪の会議では熱心に話したのに、肝心の相手に伝えなければ、楽屋で声を嗄らすに終わる。
- 店の宣伝文句を社内で何度も直すばかりで客に知らせないのは、楽屋で声を嗄らすような努力だ。
- 試合前の応援練習で声を出しすぎ、本番で声援が届かなかったため、楽屋で声を嗄らす結果になった。
- 作品のよさを身近な友人にだけ話して応募しないのでは、楽屋で声を嗄らすことになる。
- 準備に力を入れるのは大切だが、発表の場で力を出せなければ、楽屋で声を嗄らすになってしまう。
主な参考文献
・小学館国語辞典編集部編『精選版 日本国語大辞典』小学館、2005〜2006年。
・松村明監修『デジタル大辞泉』小学館。
・北村孝一編『ことわざを知る辞典』小学館、2018年。
・下中直人編集『改訂新版 世界大百科事典』平凡社。
・江島其磧『傾城禁短気』1711年。
・Cambridge University Press『Cambridge Advanced Learner’s Dictionary & Thesaurus』Cambridge University Press.























