【故事成語】
河清を俟つ
【読み方】
かせいをまつ
【意味】
黄河の水が澄むのを待つように、いつまで待っても実現する見込みのないこと。


【英語】
・wait in vain.(むだに待つ)
【類義語】
・百年河清を俟つ(ひゃくねんかせいをまつ)
「河清を俟つ」の故事
「河清を俟つ」は、中国の古典『春秋左氏伝』(春秋時代の歴史を記す『春秋』の注釈書で、『左伝』ともいう)襄公八年に出てくる言葉に基づく故事成語です。『春秋左氏伝』は左丘明の著と伝えられますが、作者や成立年代には議論があり、春秋時代の史実を知るうえで重要な文献として伝わっています。
もとの形は「俟河之清、人壽幾何」です。これは「黄河の水が澄むのを待っていても、人の寿命はどれほどあるだろうか」という意味で、待っても間に合わないほど実現しにくいことを表します。
故事の舞台は、中国の春秋時代、鄭という国が楚に攻められた場面です。鄭の中では、楚に従うべきだという意見と、晋の助けを待つべきだという意見が分かれました。
そのとき子駟は、周の詩にある言葉として「俟河之清、人壽幾何」を引きました。黄河の水が澄むのを待つように、晋の助けをいつまでも待っていては、民が苦しむばかりだという考えを示したのです。
黄河は、黄土を多く含むため、古くから濁った大河として知られてきました。その水が澄むのを待つという発想は、現実にはなかなか起こらないことを待つたとえとして用いられました。
『春秋左氏伝』の本文では、単に「待っても無駄だ」と言うのではなく、国の進退をめぐる切迫した相談の中で、この言葉が出てきます。つまり、実現しにくい希望にすがるより、目の前の危機にどう向き合うかを考える文脈で使われています。
この故事から、「河清を俟つ」は、長く待っても実現の見込みがないことを表す言葉になりました。さらに「百年河清を俟つ」という形でも広まり、百年待っても黄河が澄むことは期待しにくい、という意味を強めて表します。
日本でも、早くから漢詩文の中でこの表現が用いられました。『本朝文粋』(1058〜1065年ごろ成立、平安時代中期、藤原明衡撰)には、兼明親王の「菟裘賦」に「俟二河清日一、浮雲幾春」という形の用例が収められています。
この用例は、漢文の形で「河清」を待つ発想が、日本の文章にも受け入れられていたことを示します。中国古典の一節が、日本の漢詩文や教養の中で読まれ、やがて「河清を俟つ」という日本語の言い方として定着していきました。
後の中国文学にも、「俟河之清」は、実現しにくい望みを表す表現として受け継がれました。『文選』に収められた張衡の「思玄賦」にもこの語句が見え、古典の中で長く用いられたことが分かります。
現在の「河清を俟つ」は、ただ長く待つという意味ではありません。努力や準備によって見込みがある場合ではなく、ほとんど実現しないことを待ち続ける、むなしい期待を表すときに用いる言葉です。
「河清を俟つ」の使い方




「河清を俟つ」の例文
- 返事を一度もくれない相手からの連絡を何年も待つのは、河清を俟つに近い。
- 資金も人手もない計画が自然に進むのを期待するのは、河清を俟つようなものだ。
- 故障した機械が放っておいて直ると考えるのは、河清を俟つ発想だ。
- 約束を守らない人が急に変わるのを待つだけでは、河清を俟つことになりかねない。
- 古い制度が何の働きかけもなく改善されるのを望むのは、河清を俟つに等しい。
- 実現の見込みがない案にこだわるより、河清を俟つような待ち方をやめて別の道を探すべきだ。
主な参考文献
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第二版』小学館、2000〜2002年。
・松村明監修『大辞泉 第二版』小学館、2012年。
・『春秋左氏伝』。
・藤原明衡撰『本朝文粋』1058〜1065年ごろ。
・蕭統編『文選』6世紀前半。























