【ことわざ】
紙漉きの手鼻
【読み方】
かみすきのてばな
【意味】
人のためにばかり品物を作り、自分の分がなくて不自由することのたとえ。


【英語】
・The shoemaker’s son always goes barefoot.(靴屋の息子はいつも裸足でいる)
【類義語】
・紺屋の白袴(こうやのしろばかま)
・駕籠舁き駕籠に乗らず(かごかきかごにのらず)
「紙漉きの手鼻」の語源・由来
「紙漉き」は、和紙を漉くこと、またはそれを職業とする人を指します。この言葉は『庭訓往来(ていきんおうらい)』(1394〜1428年ごろ・室町時代前期)にも出ており、紙を作る仕事を表す呼び名として、古くから使われてきました。
一方の「手鼻」は、指先で鼻の端を押さえ、強い鼻息で鼻汁を吹き出したり、指で鼻汁を拭ったりすることです。『日葡辞書(にっぽじしょ)』(1603〜1604年・江戸時代初期)には、「Tebanauo(テバナヲ)カム」という用例があります。
「紙漉きの手鼻」は、紙を作る職人が、自分の鼻をかむときにはその紙を使わず、手鼻ですませるという取り合わせから生まれた言い方です。仕事ではいつも紙を作っているのに、自分のための一枚がないという矛盾を、分かりやすく表しています。
ここで問題にされているのは、紙を漉く技術がないことではありません。他人のための仕事に追われるあまり、自分に必要な物までは用意できないという、職人の暮らしの皮肉を表しています。
このように、自分の仕事に関わる物でありながら、自分ではそれを持たずに不自由するという落差が、このことわざの要点です。単に物を持っていない場合ではなく、いつでも作れそうな立場の人が、自分の分だけ用意できない場面に当てはまります。
「紙漉き屋の手鼻」という形もあります。「紙漉き」に職業を表す「屋」を添えた言い方で、紙を作る人と手鼻との不釣り合いを、いっそうはっきりと示しています。
藤井乙男編『諺語大辞典(げんごだいじてん)』(1910年・明治43年刊)には、「紙漉ノ手涕」という表記で収められています。同書は、ことわざや故事、俗伝など、三万余りの言葉を集めた辞典です。
その項目には、「紺屋ノ白袴と同意」とあります。「紺屋の白袴」は、他人の染め物に忙しい紺屋が、自分の袴を染める暇もなく白袴をはいているという意味で、自分のことに手が回らない様子を表します。
『諺語大辞典』では、「手鼻」に当たる部分を「手涕」と書いています。現在では、意味の分かりやすい「手鼻」を用い、送り仮名を添えた「紙漉きの手鼻」という形が、一般に使われています。
紙を作る人が自分では紙を使えないという具体的な光景は、やがて、他人のために働くばかりで、自分のことには手が回らない状態全般を表すようになりました。専門の仕事をしていながら、自分や家族のためにはその技術や品物を生かせないという、身近な矛盾を言い表すことわざです。
「紙漉きの手鼻」の使い方




「紙漉きの手鼻」の例文
- 家具職人の家に本棚が一つもないとは、紙漉きの手鼻というものだ。
- 仕立屋が客の服に追われ、自分の破れた上着を繕えないのは、まさに紙漉きの手鼻だ。
- 印刷会社が取引先の案内冊子ばかり作り、自社の案内が古いままなのは、紙漉きの手鼻に等しい。
- 客の誕生日ケーキを毎日焼く職人が、家族の誕生日には何も用意できず、紙漉きの手鼻となった。
- 多くの会社のウェブサイトを手掛けながら、自社のサイトを更新できないとは、紙漉きの手鼻もよいところだ。
- 水道工事を仕事にする彼の家で蛇口の水漏れが続いているのは、紙漉きの手鼻の一例だ。
主な参考文献
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第二版』小学館、2000〜2002年。
・北村孝一編『ことわざを知る辞典』小学館、2018年。
・藤井乙男編『諺語大辞典』有朋堂、1910年。
・『庭訓往来』1394〜1428年ごろ成立。
・『日葡辞書』1603〜1604年。























