【ことわざ】
神へも物は申しがら
【読み方】
かみへもものはもうしがら
【意味】
神に願うときでさえ、真心だけでなく、願い方や言葉の選び方に工夫が必要だということ。転じて、何事も内容だけでなく、伝え方や進め方が大切だという教え。


【類義語】
・神様にも祝詞(かみさまにものりと)
「神へも物は申しがら」の語源・由来
「神へも物は申しがら」が描くのは、神に願い事を申し上げる場面です。「神に対してさえ、願いを述べるにはふさわしい言葉と方法がある」というたとえから、どのような物事にも工夫が大切だという教えを表します。
「物」は、ここでは手に取れる品物ではなく、神に申し上げる願い事や用件を指します。「申す」は「言う」のへりくだった言い方であり、名詞の「申し」には、願いやお願いという意味があります。
名詞の「申し」は、能の曲『春栄』(1435年ごろ成立・室町時代)にも、願いや取りなしを表す言葉として出てきます。願いによって、捕らえられた人の釈放を認める文書が出たという文脈で使われており、「申し」が、目上の相手へ願いを届ける行為を表していたことが分かります。
「がら」は、接尾語の「柄」に通じる言い方です。「柄」は名詞の下に付き、そのものが備えている性質、品格、状態などを表します。そのため、「申しがら」は、申し方の性質や具合、すなわち「物の言いよう」「願い方」を意味します。
したがって、このことわざを文字どおりにほどくと、「神に物を申し上げる場合にも、申し方というものがある」となります。ただ懸命に祈るだけでなく、何をどのように願うのかを考え、言葉や方法を整える必要があるという意味です。
この表現の背景には、神への願いを言葉によって伝える日本の祭りの習慣があります。祭りでは、神を迎えて供え物を捧げ、歌や舞でもてなし、人々の願いを祝詞(のりと)や歌にして伝えてきました。
祝詞は、神に祈りを捧げるための言葉です。心の中に願いを抱いているだけでなく、それを一定の言葉に整えて神前で申し上げることからも、願いとその表し方とが深く結び付いていたことがうかがえます。
類義語の「神様にも祝詞」は、神であっても、祈りの言葉を口にしなければ願いは伝わらないという意味です。こちらが「願いは言葉にして伝えること」を重んじるのに対し、「神へも物は申しがら」は、言葉にするだけでなく、その言い方や方法に工夫を凝らすことへ、より強く目を向けています。
この考えを人と人との関係に移せば、同じ頼み事でも、ぶっきらぼうに言う場合と、相手の立場を考えて分かりやすく伝える場合とでは、受け取られ方が違うという教えになります。願いの内容が正しくても、順序や言葉の選び方が悪ければ、十分に理解してもらえないことがあります。
さらに意味が広がり、話し方だけでなく、物事の進め方や見せ方にも工夫が必要だという場合にも使われます。ただし、単に努力すればよいという教えではなく、目的に合った方法を考え、相手に届く形に整えることに重きがあります。
神にさえ申し方があるのなら、人に頼み事をするときには、なおさら言葉と方法を選ぶ必要があります。「神へも物は申しがら」は、真心を大切にしながら、その真心が正しく伝わるように工夫する知恵を説いたことわざです。
「神へも物は申しがら」の使い方




「神へも物は申しがら」の例文
- 同じ頼み事でも、相手への敬意と言葉の選び方で受け取られ方は変わるので、神へも物は申しがらという。
- 父は、欲しい物だけを乱暴にねだる弟に、神へも物は申しがらとたしなめた。
- 地域の協力を得るには、目的と手順を丁寧に伝える必要があり、まさに神へも物は申しがらだ。
- 優れた企画でも説明が分かりにくければ採用されにくく、神へも物は申しがらを思わせる。
- 店主は商品の長所を分かりやすく紹介し、神へも物は申しがらの知恵を商売に生かした。
- 交渉役は相手の立場に配慮して話を進め、神へも物は申しがらを実践した。
主な参考文献
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第二版』小学館、2000〜2002年。
・松村明監修、小学館大辞泉編集部編『大辞泉 第二版』小学館、2012年。
・平凡社編『世界大百科事典 改訂新版』平凡社、2007年。
・『春栄』1435年ごろ成立。























