【ことわざ】
口あれば京へ上る
【読み方】
くちあればきょうへのぼる
【意味】
口があれば人に道を尋ねながら、遠い都にまでたどり着けるということ。分からないことも人に尋ね、行動を続ければ目的を達せられるというたとえ。


【英語】
・He that has a tongue in his head may find his way anywhere.(尋ねる言葉をもつ者は、どこへでも道を見つけられる)
【類義語】
・目あれば京へ上る(めあればきょうへのぼる)
「口あれば京へ上る」の語源・由来
「口あれば京へ上る」は、道を知らない旅人でも、口を使って道順を尋ねていけば、遠く離れた京にまでたどり着けるという旅の情景から生まれたことわざです。ここでいう「口」は、飲食をする器官という意味よりも、言葉を発して人に尋ねる力を表しています。
「口」は古くから、ものを言うことや、口から発する言葉そのものを指しました。『宇津保物語(うつほものがたり)』(970~999年ごろ成立、平安時代)にも、「くちにまねばで」という用例があり、声に出して言葉を唱える意味で使われています。ことわざの「口」も、このような「言葉を使う働き」を受け継いでいます。
「京」は、天皇のいる都、または京都を表す言葉です。地方から都へ向かうことを「上る」といったため、「京へ上る」は、坂道を上がるという意味ではなく、地方から都へ行くことを表します。
都へ向かう意味の「上る」は、すでに『万葉集(まんようしゅう)』(8世紀後半成立、奈良時代)に出てきます。巻二十には、地方を離れて都へ向かうことを「都へ能保流」と表した歌があり、「都へ上る」という言い方が古くから使われていたことを示しています。
また、『今昔物語集(こんじゃくものがたりしゅう)』(1120年ごろ成立、平安時代後期)には、地方から京都へ行くことを表す「京上り」という言葉が出てきます。このように、京を目指して地方から旅をすることは、古くから「上る」という言葉で表されてきました。
昔の旅では、現在のように、誰もが詳しい地図や案内機器を持っていたわけではありません。道が分からなくなれば、途中で出会う人に行き先を告げ、次に進む道を尋ねることが大切でした。「口さえあれば」という言い方は、特別な知識を持っていなくても、自分から問いかければ必要な助けを得られることを、分かりやすく表しています。
このことわざは、特定の人物の逸話を語るのではなく、「口があること」と「京へたどり着くこと」とを直接結び付けています。京は地方の人々にとって遠く、大きな目的地でしたが、一度に道のすべてを知らなくても、道々で尋ね続ければ到着できます。そのため、困難な目的も、必要なことを一つずつ人に聞きながら進めば達成できるという教えへと広がりました。
類句の「目あれば京へ上る」も、遠い京までたどり着くことを表します。「口あれば」が人に道を尋ねる力を重んじるのに対し、「目あれば」は、道や周囲の様子をよく見ながら進むことに重きを置いた言い方です。どちらも、手掛かりを得ながら進めば目的地に着けるという考えを伝えています。
現在では、実際の道案内だけでなく、勉強、仕事、手続き、新しい挑戦など、方法が分からず困っている場面にも用います。ただ話しているだけで目的がかなうという意味ではありません。分からないことを恥ずかしがらずに尋ね、得た答えをもとに、自分で歩み続けることの大切さを教えることわざです。
「口あれば京へ上る」の使い方




「口あれば京へ上る」の例文
- 初めて訪れた町で道に迷ったが、口あれば京へ上ると思い、近くの店で道順を尋ねた。
- 口あれば京へ上るというように、分からない問題は先生に質問しながら解き進めればよい。
- 祖母は、知らない土地を旅する孫に、口あれば京へ上るだから遠慮せず人に尋ねなさいと教えた。
- 複雑な申請方法も、担当者に一つずつ聞けば理解できるので、まさに口あれば京へ上るである。
- 新しい仕事の手順を覚えるには、口あれば京へ上るの心で、経験者から素直に教わることが大切だ。
- 口あれば京へ上るを胸に、彼は現地の人々に道を尋ねながら目的の寺へたどり着いた。
主な参考文献
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第二版』小学館、2000~2002年。
・小学館大辞泉編集部編、松村明監修『大辞泉 第二版』小学館、2012年。
・北村孝一編『ことわざを知る辞典』小学館、2018年。
・『万葉集』8世紀後半成立。
・『宇津保物語』970~999年ごろ成立。
・『今昔物語集』1120年ごろ成立。























