【故事成語】
口に糊する
【読み方】
くちにのりする
【意味】
わずかな収入で、どうにか生計を立てること。貧しいながらも、何とか暮らしを続けること。


【英語】
・eke out a living.(苦労してどうにか生計を立てる)
【類義語】
・糊口を凌ぐ(ここうをしのぐ)
・口を糊す(くちをのりす)
【対義語】
・暖衣飽食(だんいほうしょく)
「口に糊する」の故事
「口に糊する」の「糊」は、紙を貼る接着剤を口に付けるという意味ではありません。「糊」や異体の「餬」には、粥(かゆ)をすするという意味があり、「糊口(ここう)」は、もともと粥を口にして命をつなぐことから、暮らしを立てることや生計を表すようになりました。
この表現の背景には、中国の古典『春秋左氏伝(しゅんじゅうさしでん)』の「昭公七年」に記された、正考父の故事があります。正考父は、宋の戴公・武公・宣公の三代に仕え、高い地位に任じられるたびに、かえって身を低くし、慎み深く振る舞った人物です。
正考父が用いた鼎(かなえ)には、最初の任命では腰をかがめ、二度目にはさらに身を曲げ、三度目には深く頭を下げ、道を歩くときにも壁に沿って進む、という言葉が刻まれていました。地位が上がるほど威張るのではなく、いっそう謙虚に振る舞う姿を表しています。
その鼎銘(ていめい)の後半には、「饘於是、鬻於是、以糊余口」とあります。大まかには、この鼎で濃い粥も薄い粥も煮て、それによって自分の口を養う、という意味です。「以糊余口」の部分が、後の「糊口」や「口を糊す」につながりました。
この故事で語られているのは、単に食べ物にも困る貧しさだけではありません。高い地位を得ても、ぜいたくや威勢を求めず、粥を食べて暮らせれば足りるという、正考父の慎み深さと質素な生活を示す言葉でした。そこから、粗末な食事で命をつなぐことや、わずかな収入で暮らしを支えることへと意味が広がりました。
日本では、奈良時代の『家伝(かでん)』(760年頃)に、「分散餬口於村里」という用例があります。寺の籍に名だけを置いた僧や尼が、村々に散らばって生計を立てる様子を述べたもので、「餬口」が暮らしを支えるという意味で、早くから用いられていたことが分かります。
明治時代になると、仮名垣魯文の『西洋道中膝栗毛(せいようどうちゅうひざくりげ)』(1870〜1876年)に、「僕年来戯作の筆に口を糊せど」とあります。自分は長年、戯作を書くことで暮らしを立ててきた、という文脈であり、「口を糊す」が、仕事によって生計を得るという現在に近い意味で使われています。
現在は、「口に糊する」のほか、「口を糊す」「口を糊する」「糊口を凌ぐ」といった形でも用います。いずれも、豊かな生活を送ることではなく、少ない収入や質素な食事によって、どうにか日々の暮らしを成り立たせることを表しています。
「口に糊する」の使い方




「口に糊する」の例文
- 若い画家は昼間に働きながら、わずかな収入で口に糊する生活を続けた。
- 祖父は家族が口に糊するため、朝から晩まで懸命に働いた。
- 売れない時代の作家は、記事を書いて口に糊するかたわら、小説の執筆を続けた。
- 店の売り上げが落ち、夫婦は内職をしながら口に糊する日々を送った。
- 故郷を離れた職人は、日雇いの仕事で口に糊するうちにも、腕を磨くことを忘れなかった。
- 戦後の混乱の中、人々はわずかな食料を分け合い、どうにか口に糊する暮らしを守った。
主な参考文献
・小学館国語辞典編集部編『精選版 日本国語大辞典』小学館、2006年。
・白川静『字通』平凡社、1996年。
・『春秋左氏伝』
・『家伝』760年頃。
・仮名垣魯文『西洋道中膝栗毛』1870〜1876年。























