【故事成語】
愚を守る
【読み方】
ぐをまもる
【意味】
賢さや才能をひけらかさず、自分を実際以上に見せようとしないで、謙虚で飾り気のない態度を保つこと。


【英語】
・hide one’s light under a bushel.(自分の才能や長所を人前に表さない)
【類義語】
・大智は愚の如し(たいちはぐのごとし)
・能ある鷹は爪を隠す(のうあるたかはつめをかくす)
・大賢は愚なるが如し(たいけんはぐなるがごとし)
「愚を守る」の故事
「愚を守る」は、中国の後漢に生きた崔瑗(さいえん、78〜143年)の「座右銘」に由来します。この文章は、後に南朝梁の皇太子であった蕭統(しょうとう、501〜531年)が編んだ『文選(もんぜん)』に収められ、日々の言動を慎むための教えとして広く読まれました。
「座右銘」には、「無使名過実、守愚聖所臧。在涅貴不緇、曖曖内含光」とあります。名声を実際の中身以上に大きくしてはならず、愚を守ることは聖人がよしとするところであり、黒い泥の中にいても黒く染まらず、ほの暗いまま、内に光を含むことが貴い、という意味です。
この一節では、「名」と「実」が対になっています。「名」は世間に知られる評判や名声、「実」はその人が本当に備えている徳や能力です。評判ばかりが実際の中身を追い越さないようにし、自分の賢さを表に出して誇ることなく、内面に確かなものを保つよう戒めています。
したがって、ここでいう「愚」は、学ぼうとせず、誤った行いを改めないという意味ではありません。才知を飾って人より賢く見せようとせず、素朴で控えめな姿を保つことを表します。「愚を守る」とは、自分を実際以上に大きく見せない生き方なのです。
「座右銘」の成立について、『文選』の古い注釈には、崔瑗が兄の仇を討って逃亡し、後に赦されたのち、自らを戒めるためにこの文章を作り、座席の右側に置いたという伝承があります。この故事から、身近な場所に置き、常に自分を戒める言葉を「座右銘」と呼ぶようになりました。
文章の初めには、「人の短所を口にせず、自分の長所を語らない」「人に施した恩は心に留めず、人から受けた恩は忘れない」「世間の評判を慕わず、仁を行動のよりどころとする」という教えが並びます。その流れの中に「愚を守る」が置かれているため、この表現は、単に目立たないことではなく、自慢を慎み、受けた恩を忘れず、徳を内側に養う生き方と結び付いています。
唐代の詩人、白居易は、崔瑗の「座右銘」を深く慕い、すべてを実行することはできなくても、いつも家の壁に書いていたと述べています。さらに、内容を補うために「続座右銘」を作っており、崔瑗の教えが後代にも大きな影響を与えたことが分かります。
日本でも、「座右銘」は早くから受け入れられました。平安時代の9世紀に書かれたと伝わる『崔子玉座右銘断簡(さいしぎょくざゆうのめいだんかん)』が残っており、伝空海筆の書として重要文化財に指定されています。これは、崔瑗の教えが、日本でも古くから書写され、尊ばれていたことを示します。
『徒然草(つれづれぐさ)』(1317〜1331年ごろ成立・鎌倉時代末期、吉田兼好著)の第三十八段にも、「これ徳をかくし愚を守るにあらず」とあります。兼好は、真に道を得た人には、知恵も徳も功績も名声もないように見えるが、それは意識して徳を隠し、愚かな姿を保っているのではなく、もともと賢愚や得失の区別を超えているからだと述べました。
この用例からも、「愚を守る」が、徳や知恵を見せびらかさず、あえて愚かに見えるほど控えめに振る舞うことを表していたと分かります。ただし、自分の能力を隠して責任を果たさないことや、必要な知識まで人に伝えないことを勧める言葉ではありません。
「愚を守る」が大切にするのは、外からの評判を追い求めることなく、内に備えた徳や能力を静かに保つ姿勢です。目立つ言葉や肩書きよりも、実際の行いを重んじるところに、この故事成語の教えがあります。
「愚を守る」の使い方




「愚を守る」の例文
- 彼は多くの人を助けても功績を語らず、愚を守る姿勢を貫いた。
- 祖父は豊かな知識を持ちながら自慢せず、生涯にわたって愚を守る人だった。
- 社長は会社の成功を社員のおかげだと語り、愚を守る態度を崩さなかった。
- その学者は名声を追わず、愚を守るように静かに研究を続けた。
- 優れた技術を持つ職人ほど愚を守ることを大切にし、作品によって実力を示した。
- 高い地位を得たあとも愚を守る彼の人柄は、多くの人から信頼された。
主な参考文献
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第二版』小学館、2000〜2002年。
・蕭統編『文選』南朝梁、6世紀前半。
・崔瑗「座右銘」後漢。
・白居易「続座右銘」唐。
・吉田兼好『徒然草』14世紀前半。
・Cambridge University Press & Assessment, 『Cambridge Advanced Learner’s Dictionary & Thesaurus.』























