【故事成語】
越人は越に安んじ、楚人は楚に安んず
【読み方】
えつじんはえつにやすんじ、そじんはそにやすんず
【意味】
人はだれでも、自分の住む土地や故郷をよい所だと思い、そこに満足して暮らすということ。


【英語】
・There is no place like home(わが家にまさる所はない)
【類義語】
・住めば都(すめばみやこ)
【対義語】
・隣の花は赤い(となりのはなはあかい)
「越人は越に安んじ、楚人は楚に安んず」の故事
越人は越に安んじ、楚人は楚に安んず」は、中国の思想書『荀子(じゅんし)』「栄辱」に出てくる「越人安越,楚人安楚,君子安雅」という一節にもとづきます。『荀子』は、中国の戦国時代の思想家である荀況(じゅんきょう)とその学派の著作を集めた書物で、前三世紀ごろ成立したとされます。
荀子は、人の知恵や能力そのものには、君子と小人で大きな違いがあるわけではない、と述べます。そのうえで、身を置く環境や親しむ習慣によって、人の行いは分かれていくと説きます。
そのたとえとして出てくるのが、「越人安越,楚人安楚,君子安雅」です。越の人は越に安らぎ、楚の人は楚に安らぎ、君子は正しい礼や美しい道に安らぐ、という意味です。
ここでいう越(えつ)は、中国の春秋・戦国時代の諸侯国の一つで、浙江地方を中心とした国です。都は会稽にあり、春秋時代末期には呉と争い、越王勾践の時代に強くなりました。
楚(そ)は、中国の春秋・戦国時代の大きな国で、長江中流域を本拠としました。戦国の七雄の一つに数えられ、前二二三年に秦によって滅ぼされました。
越と楚は、土地も風俗も異なる国でした。荀子はその違いを用いて、人は自分の慣れ親しんだ土地や習俗に安らぎを覚えるものだ、ということを分かりやすく示しています。
原文のあとには、「これは知能や本来の性質のためではなく、身を置く環境や習俗の違いによる」という趣旨の言葉が続きます。つまり、越の人が越をよいと思い、楚の人が楚をよいと思うのは、生まれつきの能力の差ではなく、慣れ親しんだ生活の違いによる、という考え方です。
この一節は、もともとは「人は環境や習慣によって心の落ち着く場所が変わる」という、荀子の人間観を説明するためのたとえでした。現在の故事成語としては、そこから意味がやや広がり、人はみな自分の故郷や住み慣れた土地をよい所だと思う、という意味で用いられます。
「安んず」は、心が落ち着く、満足する、安心してそこにいるという意味を含みます。この言葉では、単にその土地に住んでいるというだけでなく、その土地を自分に合った場所として受け入れている気持ちが表されています。
この故事成語は、ある土地をほかの土地より上だ、下だと決めつけるための言葉ではありません。土地にはそれぞれの暮らし方があり、そこに住む人には、その場所を大切に思う理由があることを伝える表現です。
「住めば都」と近い意味をもちますが、「越人は越に安んじ、楚人は楚に安んず」は、古代中国の国名を用いるため、土地ごとの違いと、そこに暮らす人の心のよりどころを、よりはっきりと感じさせます。
現在では、都会と地方、海辺と山里、外国と故郷などを比べる場面で使うことができます。大切なのは、自分にとってのよい場所が、他の人にとっても同じとは限らないという見方です。
「越人は越に安んじ、楚人は楚に安んず」の使い方




「越人は越に安んじ、楚人は楚に安んず」の例文
- 山あいの小さな村を不便だと言う人もいるが、越人は越に安んじ、楚人は楚に安んずで、そこを心から愛して暮らす人がいる。
- 都会の生活だけがよいとは限らず、越人は越に安んじ、楚人は楚に安んずというように、人にはそれぞれ落ち着く場所がある。
- 祖父は故郷の古い家を離れたがらず、越人は越に安んじ、楚人は楚に安んずという言葉どおり、そこにいると安心するようだ。
- 友人の町を不便だと決めつけるのはよくない。越人は越に安んじ、楚人は楚に安んずで、その町にはその町のよさがある。
- 海外で長く暮らした人にも故郷を思う心があり、越人は越に安んじ、楚人は楚に安んずという思いは変わらない。
- 人の住む土地を軽く見る発言に対して、先生は越人は越に安んじ、楚人は楚に安んずという故事成語を引いて注意した。
主な参考文献
・松村明監修、小学館大辞泉編集部編『大辞泉 第二版』小学館、2012年。
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第二版』小学館、2000〜2002年。
・北村孝一編『ことわざを知る辞典』小学館、2018年。
・荀況『荀子』前三世紀ごろ成立。
・Oxford University Press『Oxford Advanced Learner’s Dictionary』。























