【故事成語】
君子は器ならず
【読み方】
くんしはきならず
【意味】
立派な人物は、一つの技能や役割だけに偏らず、広い知識と徳を備えて、さまざまな場面に応じられるものであるという教え。


【英語】
・A gentleman is not a mere specialist.(立派な人は一つの専門だけに限られない)
「君子は器ならず」の故事
「君子は器ならず」は、中国・春秋時代末期の思想家である孔子の言葉を伝える『論語(ろんご)』の「為政(いせい)」に出てきます。原文は「子曰、君子不器」で、「先生がおっしゃった。君子は器ではない」という短い言葉です。
ここでいう「器」は、茶碗やつぼなどの器だけでなく、一定の目的のために作られた道具を広く指します。器にはそれぞれ決まった用途があり、茶碗は飲み物を入れるため、舟は水の上を進むため、車は陸を走るために使われます。どれほど役に立つ器でも、その働きは限られています。
中国・魏の何晏がまとめた『論語集解(ろんごしっかい)』には、包咸の注として「器者各周其用、至於君子無所不施也」とあります。器はそれぞれの用途にかなうものですが、君子の働きは一つの用途に限られない、という意味です。この解釈によって、「器ならず」は、一つの技術しかもたないことではなく、広く物事に対応できることを表す言葉として受け継がれました。
中国・梁の皇侃が著した『論語義疏(ろんごぎそ)』は、この違いを舟と車にたとえています。舟は海に浮かべますが山には登れず、車は陸を走れますが海を渡れません。それに対して君子は、一つの仕事だけに縛られず、状況に応じて才能や判断力を働かせる人物でなければならないと説いています。
南宋の朱熹は『論語集注(ろんごしっちゅう)』で、器はそれぞれの用途には適していても、別の用途にそのまま通用するものではないと述べました。そして、徳を身につけた人物は、人として必要なものを幅広く備えているため、その働きも一才一芸だけに限られないと解いています。
ただし、この言葉は、あらゆる仕事を一人で完璧にこなさなければならないという教えではありません。大切なのは、身につけた技能だけを自分のすべてとせず、物事の全体を見ながら、道理にかなった判断を下せる人格を養うことです。孔子のいう君子は、単に多くの技術をもつ人ではなく、知識や能力を正しく生かせる徳を備えた人を指します。
日本では、室町時代中期の古辞書『文明本節用集(ぶんめいほんせつようしゅう)』に、この言葉が収められています。『論語』の原文である「君子不器」を「君子は器ならず」と読み下す形が、すでに日本語の表現として知られていたことが分かります。
明治40年には、新渡戸稲造が『教育の目的』の中で「君子は器ならず」を取り上げました。新渡戸は、学問の目的は専門の知識だけをもつ人を作ることではなく、広く世の中を知り、人格を養った円満な人間を育てることにあると説いています。ここでは、孔子の言葉が、近代の教育を考える教えとして用いられています。
このように、「君子は器ならず」は、決められた一つの役目だけを果たす道具と、人として成長し続ける君子との違いを表した言葉です。一つの専門を深く学ぶことを否定するのではなく、その知識や技術だけにとらわれず、広い視野、正しい判断、豊かな人格を身につけることの大切さを教えています。
「君子は器ならず」の使い方




「君子は器ならず」の例文
- 委員長には、計算が得意なだけでなく全体を見渡す、君子は器ならずの姿勢が求められる。
- 祖父は君子は器ならずを座右の言葉とし、仕事以外の学問や芸術にも関心を広げた。
- 君子は器ならずという教えに従い、彼は自分の専門だけで判断せず、他の人の意見にも耳を傾けた。
- 先生は君子は器ならずを例に挙げ、知識とともに思いやりや判断力を育てる大切さを語った。
- 会社の責任者は君子は器ならずを心に留め、担当部署の利益だけでなく組織全体の将来を考えた。
- 変化の激しい社会では、君子は器ならずの教えのように、一つの役割にとらわれない広い視野が必要となる。
主な参考文献
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第二版』小学館、2000〜2002年。
・円満字二郎編『故事成語を知る辞典』小学館、2018年。
・『論語』「為政」。
・何晏『論語集解』。
・皇侃『論語義疏』。
・朱熹『四書章句集注』。
・『文明本節用集』室町時代中期。
・新渡戸稲造『教育の目的』1907年。























