【故事成語】
魚と水
【読み方】
うおとみず
【意味】
水と魚のように切り離せないほど、関係が深く親しい間柄のたとえ。互いに強く結びつき、なくてはならない関係にあること。


【英語】
・inseparable(切り離せないほど親しい)
【類義語】
・水魚の交わり(すいぎょのまじわり)
・管鮑の交わり(かんぽうのまじわり)
・刎頸の交わり(ふんけいのまじわり)
【対義語】
・水と油(みずとあぶら)
「魚と水」の故事
「魚と水」は、水の中で生きる魚の姿を、人と人との親しい関係に重ねた表現です。水が魚にとって欠かせないように、相手なしでは成り立たないほど深く結びついた間柄を表します。
このたとえのもとには、中国の歴史書『三国志(さんごくし)』(西晋、陳寿撰)「蜀書・諸葛亮伝」に出てくる劉備(りゅうび)と諸葛亮(しょかつりょう)の話があります。『三国志』は、魏・蜀・呉の三国が並び立った三世紀の歴史を扱う正史です。
当時、劉備は新野にとどまっており、天下を立て直すためにすぐれた人材を求めていました。徐庶は劉備に、諸葛孔明(しょかつこうめい)は臥龍(がりょう)と呼ぶにふさわしい人物であり、呼びつけるのではなく、自分から訪ねるべきだとすすめます。
劉備は諸葛亮のもとを三度訪ね、ついに会うことができました。諸葛亮は天下の形勢を説き、荊州・益州をおさえ、孫権と結んで曹操に対するという大きな方策を述べます。
その後、劉備と諸葛亮の親しさは日に日に深まりました。すると、昔から劉備に従っていた関羽(かんう)や張飛(ちょうひ)たちは、諸葛亮が重んじられることを快く思いませんでした。
そこで劉備は、「孤之有孔明,猶魚之有水也。願諸君勿復言」と言いました。これは、「私に孔明がいるのは、魚に水があるようなものだ。もうこのことを言わないでほしい」という意味です。
この一節では、魚と水の関係が、ただ仲がよいというだけでなく、生きていくために欠かせない関係のたとえとして使われています。劉備にとって諸葛亮は、政略を立て、国を築くうえでなくてはならない存在だったのです。
この故事から、「水魚の交わり」という形が生まれました。「水魚の交わり」は、水と魚との切り離せない関係のような、非常に親密な交友を表します。
「魚と水」は、この同じたとえを、より短く表した言い方です。日本語では、密接な関係にあること、仲がよいこと、親しい間柄にあることを表し、「水魚の交わり」「水と魚」と同じ意味で用いられます。
日本の古い用例としては、『義経記(ぎけいき)』(室町中期頃成立、作者未詳)に、「今日より後は魚と水とのごとくにして、先祖の恥をすすぎ」という表現が出てきます。『義経記』は、源義経の生涯を描いた全八巻の軍記物語です。
この用例では、源頼朝と源義経が、これからは魚と水のように深く結びつき、先祖の恥をすすごう、という流れで使われています。中国の故事に由来する親密な関係のたとえが、日本の軍記物語の中でも、強い結束を表す言い方として用いられていたことが分かります。
現在の「魚と水」は、相手と仲がよいだけでなく、互いに支え合い、切り離すことができないほど深い関係を表します。水が魚を生かすように、相手の存在が自分の力を引き出すという意味まで含むところに、この故事成語の味わいがあります。
「魚と水」の使い方




「魚と水」の例文
- 二人の研究者は魚と水の関係で、互いの知識を補い合って大きな成果を出した。
- 監督と主将は魚と水のように信頼し合い、苦しい試合でもチームを落ち着かせた。
- 祖父と祖母は長年、魚と水の間柄で、言葉にしなくても相手の考えをよく分かっていた。
- 編集者と作家は魚と水の関係を築き、作品のよさを最大限に引き出した。
- あの二人は魚と水のように親しく、困ったときには必ず支え合う。
- 地域の店と住民は魚と水の関係にあり、祭りの準備も互いに力を出し合って進めた。
主な参考文献
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第二版』小学館、2000〜2002年。
・小学館国語辞典編集部編『精選版 日本国語大辞典』小学館、2005〜2006年。
・松村明監修『デジタル大辞泉』小学館。
・円満字二郎編『故事成語を知る辞典』小学館、2018年。
・北村孝一編『ことわざを知る辞典』小学館、2018年。
・陳寿撰、裴松之注『三国志』西晋。
・『義経記』室町中期頃成立。
・Merriam-Webster, Merriam-Webster.com Dictionary, Merriam-Webster Incorporated.























