【故事成語】
訐きて以て直と為す者を悪む
【読み方】
あばきてもってちょくとなすものをにくむ
【意味】
人の秘密や過ちをあばき立て、それを正直な行いだと思う者を嫌う、という意味。


【類義語】
・人の悪を称する者を悪む(ひとのあくをしょうするものをにくむ)
「訐きて以て直と為す者を悪む」の故事
この故事成語は、中国の古典『論語(ろんご)』に出てくる言葉です。『論語』は、中国の思想書で、孔子の没後、門人による孔子の言行記録を儒家の一派が編集したものとされ、全二十編から成ります。
もとになった場面は、『論語』陽貨第十七の、孔子と弟子の子貢(しこう)との問答です。子貢は春秋時代の人で、孔子の弟子であり、姓は端木、名は賜、子貢は字です。
この章で子貢は、君子にも憎むことがあるのかと孔子に尋ねます。孔子は、人の悪いところを言いふらす者、下の立場にいながら上の人をそしる者、勇気はあっても礼のない者、思い切りはよいが道理を受け入れない者を憎むと答えます。
そのあと孔子は、賜、つまり子貢にも憎むことがあるかと問いかけます。子貢は、他人の考えをかすめ取って知恵だと思う者、へりくだらない態度を勇気だと思う者、そして人の秘密をあばいて、それを正直だと思う者を憎むと答えます。
原文では、最後の部分が「惡訐以為直者」と書かれています。これを日本語の漢文の読み下しで、「訐きて以て直と為す者を悪む」と読みます。「訐」は、面と向かって罪をあばくこと、人のかくしごとをあばき立てることを表す字です。
ここで問題にされているのは、真実を大切にする心そのものではありません。子貢が嫌っているのは、相手の事情や傷つきを考えず、人の失敗や秘密をさらしておきながら、自分は正直なことをしたと思い込む態度です。
同じ問答の中で、子貢は「知恵」「勇気」「正直」のように見えるものが、実は別のものにすり替わっている例を三つ並べています。人の考えを盗むことは知恵ではなく、無礼は勇気ではなく、人をあばき立てることは正直ではない、という考え方が、この言葉の芯にあります。
この故事成語は、正しいことを言う場合にも、相手への配慮や道理を失ってはならないことを教えます。まっすぐであることと、むやみに人を暴くこととは違うという戒めとして、現在の日本語でも用いられます。
「訐きて以て直と為す者を悪む」の使い方




「訐きて以て直と為す者を悪む」の例文
- 訐きて以て直と為す者を悪むとは、友人の秘密を言いふらして正義のつもりでいる態度への戒めである。
- 会議で同僚の失敗だけをさらし、自分を正しい側に置く姿は、訐きて以て直と為す者を悪むに当たる。
- 家族の間でも、過去の過ちを持ち出して責め続けるなら、訐きて以て直と為す者を悪むという言葉を思い出すべきだ。
- 訐きて以て直と為す者を悪むは、率直な忠告と、相手を傷つける暴露とを分けて考えさせる故事成語である。
- 学級の問題を直すには、訐きて以て直と為す者を悪むの心を忘れず、責めるより先に解決の方法を考える必要がある。
- 訐きて以て直と為す者を悪むという言葉は、正しさを振りかざして人を追い詰める危うさを示している。
主な参考文献
・白川静著『字通 普及版』平凡社、2014年。
・『論語』。























