【故事成語】
木から落ちた猿
【読み方】
きからおちたさる
【意味】
頼りとするものを失って、どうしてよいかわからないことのたとえ。


【英語】
・a fish out of water.(場違いな所にいて落ち着かない人)
【類義語】
・魚の水に離れたよう(うおのみずにはなれたよう)
・陸へ上がった河童(おかへあがったかっぱ)
【対義語】
・水を得た魚のよう(みずをえたうおのよう)
「木から落ちた猿」の故事
「木から落ちた猿」は、猿が木を失うという中国古典のたとえを背景にもつ故事成語です。猿にとって木は、自由に動き、身を守り、力を発揮できる大切な場所です。
もとになる表現は、『説苑(ぜいえん)』(中国・前漢、劉向編)に出てきます。『説苑』は、君道・臣術など二十篇からなる書物で、前賢先哲の逸話や教訓を集めた説話集です。
『説苑』は、先秦および漢代の書物から、天子を戒めるための遺聞逸事を採録した古代説話集として伝わっています。現在の形は二十巻で、政治や人生の教訓を、短い話やたとえによって示す性格をもっています。
この故事成語に関わる句は、『説苑』「談叢(だんそう)」にあります。そこには「猿猴失木,禽於狐貉者,非其處也」とあり、猿が木を失うと、狐や貉に捕らえられるのは、そこが猿のいるべき場所ではないからだ、という趣旨を述べています。
この一節では、猿そのものが弱いというより、得意な場所を離れたために弱くなることが大切です。木の上なら身軽に動ける猿でも、地面では狐や貉におびやかされてしまいます。
同じ段落には、舟をのむほどの大きな魚でも、水を失えば小さな虫に制されるというたとえも並んでいます。魚には水、猿には木というように、生き物には力を発揮できる場所がある、という考えが重ねて示されています。
また、「猿得木而挺,魚得水而騖」という形で、猿が木を得ればすばやく動き、魚が水を得れば勢いよく進む、という反対の姿も述べられています。これは、ふさわしい場所を得ると本来の力が出る、という発想につながります。
日本語の「木から落ちた猿」は、この漢文の考えを、分かりやすい形に置きかえた表現です。木を失った猿の姿から、頼みとするものを失い、どうしてよいかわからなくなる人の様子をたとえるようになりました。
古い日本語の用例として、『本朝桜陰比事(ほんちょうおういんひじ)』(1689年・江戸時代前期、井原西鶴著)に「木から落たるさる程に頼みすくなし」とあります。ここでは、頼るものが少なく、心細い状態を表す言い方として使われています。
近代の用例としては、中勘助『銀の匙』(1913〜1915年)に「木から落ちた猿のように」とあります。ここでも、力を失ってしょんぼりする様子をたとえる表現として用いられています。
この故事成語は、「猿も木から落ちる」とは意味が異なります。「猿も木から落ちる」は、得意な人でも失敗することのたとえですが、「木から落ちた猿」は、頼るものや得意な場所を失って困ることを表します。
現在では、頼りにしていた先生がいない、使い慣れた道具がない、得意な場所から離れた、というような場面にも用いられます。大切な支えを失うと、人は本来の力を出しにくくなるという教えを含んだ故事成語です。
「木から落ちた猿」の使い方




「木から落ちた猿」の例文
- いつも使っている道具を忘れた職人は、木から落ちた猿のように手順を取り違えた。
- 頼りにしていた部長が急に休み、チームは木から落ちた猿のように混乱した。
- 慣れた教室を離れて初めての会場に立つと、木から落ちた猿のように落ち着かなかった。
- 長年使っていた店を失った職人は、木から落ちた猿の思いで新しい場所を探した。
- 得意な守備位置から外された選手は、木から落ちた猿のように動きが鈍くなった。
- 先生の助言に頼りきっていたため、一人で考える場面になると木から落ちた猿になった。
主な参考文献
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第二版』小学館、2000〜2002年。
・松村明監修『大辞泉 第二版』小学館、2012年。
・円満字二郎編『故事成語を知る辞典』小学館、2018年。
・劉向『説苑』前漢。
・井原西鶴『本朝桜陰比事』1689年。
・中勘助『銀の匙』1913〜1915年。
・Cambridge University Press & Assessment『Cambridge Dictionary.』























