【故事成語】
謂う勿れ、今日学ばずして来日有りと
【読み方】
いうなかれ、こんにちまなばずしてらいじつありと
【意味】
今日学ばなくても明日があるなどと思って、今学ぶべきことを後回しにしてはならないという戒め。


「謂う勿れ、今日学ばずして来日有りと」の故事
この言葉は、中国・南宋(なんそう)の思想家である朱熹(しゅき)の文として伝わる『勧学文』の一節です。朱熹は1130年に生まれ、1200年に没した人物で、のちに「文公」とも呼ばれました。「勧学」は、学問をすすめ励ますことを意味します。
原文には、「勿謂今日不學而有來日」と記されています。「勿謂」は「謂う勿れ」、つまり「そう言ってはならない」という強い戒めです。「今日、学ばなくても、明日がある」と言い訳をして、今できる学びを先へ送ってはならない、という意味になります。
この一節のすぐ後には、「勿謂今年不學而有來年」と続きます。今日の学びを明日へ延ばす心は、やがて今年の学びを来年へ延ばす心にもつながります。そのため、ここでは一日だけの怠りではなく、学ぶべき時をむなしく過ごしてしまう生き方そのものが戒められています。
さらに本文は、月日は過ぎ去り、歳月は自分の都合に合わせて延びてくれない、と説き、最後には、老いてから悔やむことになれば、それは誰の過ちなのか、と問いかけます。時間は後から取り戻せないからこそ、学びは「いつか」ではなく、「今日」始めるべきものとして示されているのです。
この文章は、『古文真宝(こぶんしんぽう)』前集にも収められ、伝わりました。『古文真宝』は、漢代から宋代までの詩文を集めた中国の詩文集で、前集と後集から成り、日本でも広く読まれました。学ぶ人が名文に親しむための書物にこの一節が収められたことで、学問を励ます言葉として繰り返し受け継がれていきました。
日本語では、原文の「不學」を読み下す際に、「今日学ばずして来日有りと」の形のほか、「今日学ばずとも来日ありと」の形も用いられています。いずれも、今日学ぶことを怠りながら、明日があると当てにしてはならない、という原文の教えを表す言い方です。
日本でこの言葉が大切に受け継がれた例として、跡見花蹊の書跡『朱文公勧学文』(大正5年、跡見花蹊書)があります。そこには、「勿謂今日不學而有来日/勿謂今年不學而有来年/日月逝矣歳不我延/嗚呼老矣是誰之愆」と書かれており、学ぶ者を励ます教えとして掲げられました。
「謂う勿れ、今日学ばずして来日有りと」は、ただ「勉強をしなさい」と命じる言葉ではありません。今日という時間は二度と戻らず、学ぶ機会を延ばし続ければ、やがて自分自身が悔やむことになると教える言葉です。毎日の小さな努力を軽んじず、今できることに真剣に向き合う大切さを伝えています。
「謂う勿れ、今日学ばずして来日有りと」の使い方




「謂う勿れ、今日学ばずして来日有りと」の例文
- 試験勉強を先延ばしにしそうになるたび、姉は謂う勿れ、今日学ばずして来日有りとを思い出した。
- 祖父は、習字の稽古を休もうとする孫に、謂う勿れ、今日学ばずして来日有りと諭した。
- 謂う勿れ、今日学ばずして来日有りとは、毎日の積み重ねを怠らないよう教える言葉である。
- 資格試験を目指す社員は、謂う勿れ、今日学ばずして来日有りと心に刻み、帰宅後も学習を続けた。
- 部活動で基本練習を後回しにしない姿勢は、謂う勿れ、今日学ばずして来日有りとの教えに通じる。
- 新しい技術を学ぶ機会を逃さないため、彼は謂う勿れ、今日学ばずして来日有りと自らを励ました。
主な参考文献
・公益財団法人日本漢字能力検定協会編『漢字ペディア』。
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第二版』小学館、2000〜2002年。
・黄堅編『古文真宝』。
・朱熹『勧学文』。
・跡見花蹊『朱文公勧学文』1916年。























