【ことわざ】
陸に上がった河童
【読み方】
おかにあがったかっぱ
【意味】
力のある者が、自分に適した場所や環境を離れたため、本来の能力を発揮できず、無力になってしまうことのたとえ。


【英語】
・like a fish out of water(慣れない環境に置かれ、居心地が悪く、力を発揮できない状態)
【類義語】
・木から落ちた猿(きからおちたさる)
・魚の水に離れたよう(うおのみずにはなれたよう)
【対義語】
・水を得た魚のよう(みずをえたうおのよう)
「陸に上がった河童」の語源・由来
「陸に上がった河童」は、水中では自在に活動できる河童が、陸上では本来の力を発揮できなくなるという対照から生まれたことわざです。自分に適した環境を離れると、優れた者でも力を出せなくなる様子を表します。
河童は、川や沼などの水辺に住むと伝えられてきた想像上の生き物です。手足には水かきがあり、頭の上には「皿」と呼ばれるくぼみがあるなど、その姿や性質について多くの伝承があります。
河童の頭の皿にたまった水は、力や命の源とされています。その水がなくなると急に力が衰え、命を失うともいわれるため、水を離れた河童は力を保てないという考え方が広まりました。
河童の姿や性質は地域によって異なり、古くから一つの決まった物語があったわけではありません。水神、亀、猿、水辺に現れる怪異など、さまざまな伝承が交じり合い、江戸時代には現在よく知られる河童の姿が形づくられていきました。
「河童」という呼び名は、「かはわらは」が変化したものです。河童を表す古い用例としては、『桃青三百韻附両吟二百韻』(1678年・江戸時代前期)に記された「河童子」があり、17世紀後半には「かっぱ」という呼び名が文芸作品に現れていました。
「陸に上がった河童」に当たる古い用例は、山東京伝の『通言総籬(つうげんそうまがき)』(1787年・江戸時代中期、山東京伝著)に出てきます。この作品は、江戸の吉原を舞台に、遊里の人々の会話や風俗を細かく描いた洒落本(しゃれぼん)です。
作中には、「をかへあがった河童をみるよふに、ぐにゃぐにゃする女郎は」とあります。「陸へ上がった河童を見るように、ぐにゃぐにゃする女郎は」という言い方で、力の抜けた様子を河童に重ねています。
この用例では、河童が陸に上がって力を失った姿が、すでに人の頼りない様子を表す比喩として使われています。18世紀後半には、河童の性質を人間の状態に重ねる言い方が成立していたことが分かります。
古い用例では「をかへあがった河童」とあり、後には「陸へ上がった河童」と書かれるようになりました。現在は、移動先を示す「へ」を使う形と、移った場所を示す「に」を使った「陸に上がった河童」という形が、ともに同じ意味で用いられています。
「陸へ上がった船頭」という近い形もあります。水上で舟を操る船頭も、陸に上がれば得意の技を生かせないことから、河童と同じく、活動の場を失った者のたとえとなりました。
古今亭志ん生の『びんぼう自慢』(昭和39年)では、廃刀令や文明開化によって役割を失った武士を、「陸に上がった河童みてえなもの」と表しています。ここでは、社会の仕組みが変わり、かつて力を発揮した人が役に立てなくなる様子に、このことわざが用いられています。
なお、「河童の川流れ」は、得意な分野にいる名人でも時には失敗するという意味です。これに対して「陸に上がった河童」は、得意な環境そのものを離れたために力を出せないことを表し、現在までこの意味で定着しています。
「陸に上がった河童」の使い方




「陸に上がった河童」の例文
- 研究室では頼りになる彼も、慣れない営業の現場では陸に上がった河童のようだった。
- 長年船を操ってきた父は、初めて事務仕事を任されると陸に上がった河童になった。
- 舞台では堂々としている俳優も、慣れない司会席では陸に上がった河童のように口数が減った。
- 料理一筋の店主は、会計の仕事を任されて陸に上がった河童になってしまった。
- 地元では誰よりも顔が広い彼も、海外の会議では陸に上がった河童だった。
- 新しい部署で陸に上がった河童にならないよう、彼女はあらかじめ仕事の流れを学んだ。
主な参考文献
・小学館国語辞典編集部編『精選版 日本国語大辞典』小学館、2005〜2006年。
・北村孝一編『ことわざを知る辞典』小学館、2018年。
・近藤いね子・高野フミ編『プログレッシブ和英中辞典 第4版』小学館、2011年。
・山東京伝『通言総籬』1787年。
・古今亭志ん生『びんぼう自慢』1964年。























