【故事成語】
騏驥も一躍に十歩すること能わず
【読み方】
ききもいちやくにじゅうほすることあたわず
【意味】
すぐれた馬でも一度の跳躍で十歩は進めないことから、どんなに能力がある人でも、物事を成し遂げるには一歩一歩の努力が必要だという教え。


【英語】
・Slow and steady wins the race.(遅くても着実に進む者が勝つ)
【類義語】
・駑馬も十駕(どばもじゅうが)
・継続は力なり(けいぞくはちからなり)
・蹞歩を積まざれば以て千里に至るなし(きほをつまざればもってせんりにいたるなし)
【対義語】
・三日坊主(みっかぼうず)
「騏驥も一躍に十歩すること能わず」の故事
「騏驥も一躍に十歩すること能わず」は、中国の古典『荀子(じゅんし)』「勧学」に出てくる「騏驥一躍,不能十步」にもとづく故事成語です。原文は「騏驥一躍,不能十步;駑馬十駕,功在不舍」と続きます。
『荀子』は、中国戦国時代末の思想家である荀況とその学派の著作を集めた書物です。前3世紀ごろに成立し、「勧学」「礼論」「性悪」など三十二編を収め、学問・礼・政治・人間のあり方を論じています。
荀子は、前298年ごろから前238年ごろに生きた趙の人で、孟子の性善説に対して性悪説を唱えた思想家として知られます。人は学びと礼によって自分を整える必要があると考え、後天的な努力や教育を重んじました。
「勧学」は、題名のとおり学問を勧める篇です。冒頭に「学不可以已」とあり、学問は途中でやめてはならないという考えから説き起こしています。
この言葉の少し前には、「蹞歩を積まざれば、以て千里に至るなし」という考えが述べられます。半歩ほどの小さな歩みでも、それを積み重ねなければ千里の遠くへは行けない、という意味です。
その流れの中で、「騏驥一躍,不能十步」と出てきます。「騏驥」は、足の速いすぐれた馬、またはすぐれた人物をたとえる言葉です。
つまり、どれほどすぐれた馬であっても、一度跳んだだけで十歩の距離を進むことはできない、ということです。ここでは、能力の高さだけでは十分でなく、続けて進むことが大切だと示しています。
続く「駑馬十駕,功在不舍」では、足の遅い馬でも十日間車を引き続ければ遠くまで行けると述べます。「功在不舍」は、成果は途中でやめないところにある、という意味です。
ここでいう「駑馬」は、足の遅い馬や、才能の鈍い人をたとえる言葉です。すぐれた馬と足の遅い馬を対比することで、才能よりも継続する努力が大切だという教えを分かりやすく表しています。
同じ段落には、「鍥而不舍,金石可鏤」という言葉も続きます。彫ることをやめなければ、金属や石でさえ彫り通せるというたとえで、学問や努力を続ける大切さをさらに強めています。
この一節から、後に「駑馬十駕」という故事成語も取り出されました。才知が平凡な人でも、努力を続ければすぐれた人に追いつくことができる、という意味で使われます。
「騏驥も一躍に十歩すること能わず」は、この対比の前半を日本語の形で受け継いだ表現です。すぐれた人でも一足飛びには成功できないという面に焦点を当て、地道な積み重ねの大切さを伝える故事成語として用いられています。
「騏驥も一躍に十歩すること能わず」の使い方




「騏驥も一躍に十歩すること能わず」の例文
- 数学が得意な生徒でも、騏驥も一躍に十歩すること能わずで、難問を解くには基礎から順に学ぶ必要がある。
- 新人社員に最初から大きな成果を求めるのは無理があり、騏驥も一躍に十歩すること能わずという考えが大切だ。
- 全国大会を目指すチームは、騏驥も一躍に十歩すること能わずを胸に、毎日の基礎練習を重ねた。
- 研究で成果を急ぎすぎると見落としが出るため、騏驥も一躍に十歩すること能わずの姿勢で資料を読み進める。
- 語学の上達には時間がかかるので、騏驥も一躍に十歩すること能わずと思って毎日少しずつ単語を覚える。
- 才能のある人ほど油断しやすいが、騏驥も一躍に十歩すること能わずを忘れず努力を続けるべきだ。
主な参考文献
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第二版』小学館、2000〜2002年。
・松村明監修『大辞泉 第二版』小学館、2012年。
・白川静『字通 普及版』平凡社、2014年。
・諸橋轍次著『中国古典名言事典』講談社、1993年。
・尚学図書編集『中国名言名句の辞典』小学館、1989年。
・教育部『成語典』2020年版。
・荀況『荀子』前3世紀ごろ。
・Dictionary.com Unabridged, “Slow but steady wins the race.”























