【ことわざ】
悪性の気よし
【読み方】
あくしょうのきよし
【意味】
道楽者や浮気者には、気立てのよい者が多いということ。


【英語】
・a lovable rogue.(欠点はあるが、どこか憎めない人)
【類義語】
・憎めない(にくめない)
・愛嬌者(あいきょうもの)
「悪性の気よし」の語源・由来
「悪性の気よし」は、「悪性」と「気よし」が結びついたことわざです。「悪性」は、ここでは「悪い性質」というだけでなく、身持ちが悪いこと、酒色にふけったり浮気をしたりする性質や、そのような人を指します。
「気よし」は、気立てがよいこと、人柄がすなおで親しみやすいことにつながる言い方です。「気がいい」には、気持ちがすなおである、気立てがよい、また気前がよいという意味があります。
「悪性」という言葉は、古くは仏教語としても使われました。親鸞の『三帖和讃(さんじょうわさん)』(1248年ごろ初稿、鎌倉時代)にも「悪性さらにやめがたし」とあり、人の内にある悪い性質を表す言葉として用いられています。
その後、近世のことばの中では、「悪性」が、色恋や遊びにふける性質を指す形で使われるようになります。『色道大鏡(しきどうおおかがみ)』(1678年・江戸時代前期、藤本箕山著)に関わる用例では、「悪性者」が、酒色にふけったり浮気をしたりして身持ちの悪い者を指す言葉として出てきます。
また、『御前義経記(ごぜんぎけいき)』(1700年・江戸時代前期、西沢一風作)には、「悪性気」という言葉が出てきます。これは、遊蕩にふける性質や気分、また浮気心を表しており、「悪性」が遊び好き・浮気っぽさに結びついて使われたことを示します。
ことわざそのものの古い用例として重要なのは、『譬喩尽(たとえづくし)』(1786年序・江戸時代後期、松葉軒東井編)第六巻です。そこには、「悪性(アクシャウ)の気能(キヨシ)とて気立の能物なり」とあります。
この古い形では、現在の「気よし」に当たる部分が「気能」と書かれています。「能」は「よい」という意味に通じる表記で、悪性でありながら気立てはよい、という対照がはっきり表れています。
『譬喩尽』は、江戸後期の諺語辞典で、八巻から成り、ことわざを中心に、詩歌・童謡・流行語・方言などを広く集めたいろは順の書物です。天明六年、つまり1786年に序があり、寛政十一年、1799年ごろまで増補されました。
このことわざがそのような書物に収められていることから、江戸時代後期には、遊び好きで身持ちに難はあるが、気立てはよい人物を言い表す言葉として受け取られていたことが分かります。人の欠点と長所が、同じ人物の中に同居する様子を短く言い表した言葉です。
ただし、「悪性の気よし」は、道楽や浮気をほめることわざではありません。悪いところがありながらも、気立てのよさのために人から完全には憎まれにくい、という人間観察を表しています。
現在では、「悪性」は病気について「あくせい」と読む場面が多いため、このことわざでは「あくしょう」と読む点にも注意が必要です。ことわざの中の「悪性」は、医療の言葉ではなく、昔の人柄や身持ちに関する言い方です。
「悪性の気よし」は、人には困った面と好ましい面が同時にあることを見つめることわざです。だからこそ、相手の人柄を少し皮肉をこめて言う場合にも、どこか憎みきれない人物を評する場合にも使われます。
「悪性の気よし」の使い方




「悪性の気よし」の例文
- 彼は約束の時間に遅れがちだが、困った人にはすぐ手を貸すので、悪性の気よしと評された。
- 遊び歩いて家族を心配させる兄は、近所の人には親切で、悪性の気よしという面がある。
- 酒席を好んで財布も軽い叔父だが、頼まれごとを断れないところは悪性の気よしそのものだ。
- 浮気癖のある人物をただ善人のように言うのではなく、悪性の気よしには軽い戒めも含まれる。
- 部活の先輩は寄り道好きで叱られることも多いが、後輩の面倒見がよく、悪性の気よしと呼ばれる。
- 悪性の気よしだからといって、相手に迷惑をかける行いまで許されるわけではない。
主な参考文献
・小学館国語辞典編集部編『精選版 日本国語大辞典』小学館、2005〜2006年。
・松村明監修、小学館大辞泉編集部編『大辞泉 第二版』小学館、2012年。
・松葉軒東井編、宗政五十緒校訂『たとへづくし 譬喩盡』同朋舎、1979〜1981年。
・Oxford University Press『Oxford Advanced Learner’s Dictionary』.
・Cambridge University Press『Cambridge Dictionary』.























